【完】山崎さんちのすすむくん
「……違うんですか?」
「ええからちょい待っとき」
一抹の寂しさを感じつつ、瓶(カメ)を持ち表に出ると井戸から水を組んで部屋へと戻る。
それを鍋と盥(タライ)に分けると竈(カマド)へかけ火を入れた。
「……それでお風呂にお湯溜めるんですか?」
部屋の縁から首を傾げ、まじまじと俺を見ている夕美。
「いいや、風呂は湯屋に入りに行くんや。ただ頭は洗たらあかんからな、先洗てくねん」
それを視界の隅に収め、俺はぷーっと火吹き竹を吹いた。
「へぇー! お風呂屋さんかぁー何か面白そう! でも何で頭は洗っちゃ駄目なんですか?」
「湯もようさん使うし、洗い場も汚れるからな」
おもろい、なぁ……。
火が勢いよく燃え始めたのを確認して畳の縁へと腰掛ける。
ちょっとした悪戯心を抱いて。
「知っとるか? 禁止されたとはいえ、まだまだ入り込み風呂は多いんやで?」
「入り込み?」
やっぱ何も知らんのか。
改めてこいつの異様なまでの無知を再確認すると共に、俺は敢えてニイッと口端に色を乗せ笑った。
「所謂混浴っちゅうやつや」
「……、へっ!?」
夕美は分かりやすく顔を赤らめ狼狽える。
「そ、そんなの絶対無理ですよ……っ」
と思えば一気に青ざめ、眉を下げて訴えた。
キュッと頼りなく俺の袖の端を握るその様子が何とも可愛らしい。
余りに思った通りの反応に思わず小さく吹き出して、俺はからりと笑った。