【完】山崎さんちのすすむくん


月が替わると、待っていたかのように温かな風が吹き、固く閉じていた茶色い蕾達も一気に膨らみ始めた。


そんな春の陽気を楽しむ暇もなく、毎日のように西本願寺に通い、移転に伴う細かな交渉を続け。


一輪、また一輪と桜の花が綻び始めた頃、俺達は長く世話になった前川邸、八木邸を離れ、漸く新たな屯所へと移り住むことになった。










「今日で此処ともお別れですね」


荷駄を纏めたあと、最後の見納めと庭の草木を眺めていると、声を掛けてきたのは沖田くんで。


「何だか、ちょっと寂しいです」


同じように庭に視線をやりながら隣に立ったその人は、どこか儚げな笑みを浮かべていた。


……やっぱし、辛いわな。


山南さんが亡くなってまだ二十日も経っていない。


昔馴染みのあの人を兄のように慕っていた沖田くんにとって、本来なら名誉である介錯人の任は只々辛い仕事であったであろうことは俺にもわかる。


そして此処は、いつも山南さんが腰掛け庭を眺めていた場所。


全てを胸に仕舞うには、此処はあまりに思い出が多過ぎた。


副長が移転を急いたんはそん為かもしれへんなぁ。


例え頭で理解していても、心はそう簡単にはいかないものだから。



「……私で良ければ、付き合いますよ、団子」


こん人はちゃんとわかってはる。必要なんは刻と、捌け口や。


前のお柚ちゃん時もせやったけど、あんまり自分のこと自分から言わはる人やなさそやし、こーゆー時くらい俺が役に立ったらんとな。


揺れる桜を見つめ呟くと、沖田くんの顔が俺を向いたのがわかる。


そして数瞬の後(ノチ)──



「なら桜餅が良いですっ」

「わ!?」
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