【完】山崎さんちのすすむくん
少しばかり人が減ったとは言え、まだまだ元気な連中は陽気にどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
そんな中、俺達の間を流れる空気だけがどこか張り詰めたものに変わったように思えた。
黒い膳の上に猪口を置くと、俺もまた手元を見つめたまま口を開く。
「別に、なんも」
そう、特に何か言われた訳やない。
あれから俺も移転のことで色々バタバタしとって全然会うてへんさかい、次どないな顔して会うたらええかようわからんけど。
確かに、なんも言われてへん。
「お兄も、ほんまは気ぃついてるんやろ? ……夕美が」
「気ぃついたらなんやねん、俺にどないせぇっちゅうんや」
あえて言葉を被せると、徳利を傾ける。
小さな猪口に並々と揺れるそれを一気に飲み干すと、またじっと手元を見据えた。
「俺の嫁は誰か、自分もよぅ知っとるやろ」
自分の、姉ちゃんやろが。
そやのにお前は何が言いたいねん。
なんでお前が、俺にそんなん言うんや──
「知っとる」
俯いた林五郎のその口から、はっきりとした声音が届く。
「知っとるよ。……けど、お姉はもう、おらんから」
一言、一言。
噛み締めるように呟いたそいつの顔を盗み見れば、それは俺の知らない、大人の顔。
話さなくなってから今日まで、何を、どれだけ考えたのか。
思い出す度に辛そうに顔をしかめていた一年前からは想像出来ない程に落ち着いた表情を浮かべた林五郎は、真っ直ぐな視線を俺に向けた。
「せやから俺は、構へんと思う」