【完】山崎さんちのすすむくん



「……何ですか、これ……」


俺の手元を凝視した夕美が言う。


そこにあるのは頭を洗う為に用意した手桶。


「何て……灰汁やけど?」


畳の縁にそれを置くと邪魔にならないようにと袖に襷を掛けていく。


「これ、どうするんですか?」

「勿論頭洗うんや」

「えーっ! 無理無理っ! どう見てもただの泥水だしっ! せめて石鹸とかないんですか!?」


せっけん?


……まぁ話の流れ的に何かを洗うもんなんやろけど。


土間に立つ俺は畳に座る夕美の前にしゃがみ込み、じっとその顔を見上げた。


「なぁ夕美、ここらで腹くくった方がええで? お前さんがおるんはここや。郷に入れば郷に従え、俺が教えてんのは至って普通のことやで。直ぐにとは言わんが慣れてく必要があるんは確かやろ?」


確かに、あれが事実ならこいつは全く知らぬ場所へ一人突然に放り出されたということ。


年齢のわりに幼い言動、ここに来るまで余程温い生活をしていたのだろうと想像がつく。


大変だとは思う。


平気そうに見えても内ではやはり心細く感じてるのだろうとも思う。


せやけど、ここで暮らす以上甘えてばかりっちゅう訳にもいかんねや。


真っ直ぐにその目を捉えれば、瞳の奥を揺らした夕美は頼りなく俯いた。


「……ごめんなさい」


まぁでもこいつは素直に人の声を聞ける。


せやから手ぇ差し伸べてやろうとも思えんねやけどな。
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