【完】山崎さんちのすすむくん
──逢いたい
初めてそう思った。
人肌恋しい、そう言ってしまえば語弊があるかもしれないが、人間らしい関わりを心底望んだのは確か。
剣も、仕事も、志も、人の生き死にも。
己を取り巻く全てのしがらみから少しだけ解放されたいと……
そう、思たんや。
夜空に浮かぶ鈍色の雲が、時折月を隠してはまた流れていく。
夜でも一定の温度を保った温い風は、京に夏の訪れを告げていた。
松本先生の診察より一日。
藤田屋の裏に文を結び、俺は夜、夕美を呼び出した。
いつものように近くの寺の屋根に上がり、いつもとは違い棟を跨ぐように腰を下ろす。
「……あ、あの?」
「すまん、今日だけこーさして」
不思議そうに振り向きかけた夕美に一言だけ謝って。
俺は前を向かせたその体にそっと手を回した。
この関係に答えを出さずしてのこの行動は狡いのかもしれない。
でも、今日は……今日だけは、甘えたいねん。
他の誰でもない、お前さんに。
「どう、したんですか」
遠慮がちに触れた柔らかな夕美の手に、つい力が籠っていた腕を緩める。
「……ちと、疲れてな」
気張らんとあかんのはこれからや。
それはわかっとるけど。
「生きるって、難しわ」
皆誰かを、何かを守りたいて思とるだけやのに、思うようにはいかんのやな。