【完】山崎さんちのすすむくん
夕餉を食べ終えた日暮れの屯所。
本来ならあとはひとっ風呂浴びてさっさと寝ようかという頃合いだと言うのに、だ。
俺はしたくもない追いかけっこをさせられていた。
「もー逃がさんで林五郎っ」
「げっ!? 狡……!」
屋根裏から下り立ち、コソコソと廊下の向こうの様子を窺い見ていたそいつの後ろをとると、逃げられぬよう素早くその体を抱えて庭に飛ぶ。
「でっ!」
その勢いを殺すことなく庭石を蹴って上がった屋根の上で、少々手荒にそれから手を離した。
「ちょ、もっと優しぃ下ろせや! ケツ割れたらどないすんねんっ」
「自分のケツより瓦の方が心配やっちゅーねん」
「そない思うんやったらやんなっ」
ぷっくりと頬を膨らした林五郎が観念した様子で腕を組んで胡座をかく。
その頭に一直線に手刀を落としてしゃがみ込み、俺は声を潜めながらもそいつを睨み付けた。
「何で副長が夕美のこと知っとんねんっ! 自分言うたやろっ!」
それは先程夕餉をとっていた時のこと──
『恋仲が出来たんだってな、良かったじゃねぇか』
少し離れた場所に座る副長と目が合ったかと思うと、何やら口だけを動かしてとんでもないことを仰られた。
声がなかったのが不幸中の幸いであるが、お陰で食いかけだった白米が台無しだ。
隣が島田で本当に良かった。
しかし問題は、何故副長がそんなことをご存じであるのかということ。
俺は勿論言ってない、と言うかついさっきの出来事である、いくら何でもお耳に入るのが早すぎる。
「えー言うてへんてー」
「嘘こけ、自分しかおらんやろ」
「ほんまやてーそりゃ沖田助勤には言うたけどな」
「それいっちゃんあかん人や」
絶対いらん尾ひれついとる……!