【完】山崎さんちのすすむくん
既に副長が知っとるやろ?この調子でいってみぃや、あっちゅう間に背びれ胸びれつきで屯所中に泳ぎ渡るっちゅうねん!
想像するだけで恐ろしい事実に頭を抱える。
鬼の影とも囁かれたこの俺が浮いた話の的にされるやなんて……っ!
「こんくらいかめへんやろ、ちったぁ皆におちょくられたらええねん阿呆兄」
仕返しと言わんばかりに降ってきた手刀を避けるという選択肢はなかった。
その言葉の意味は十分に承知しているから。
確かに文句の一つは言わねば気がすまなかったものの、元よりこいつに言うべき言葉は他にもある。
思いの外本気で痛かった頭をさすりながら、拗ねた子供の如く片頬を膨らしたそいつに改めて向き直った。
「……、おおきにや」
「へっ、別にお兄に礼言われるようなことしてへんしっ」
腕を組んでぷいっと横を向くそいつの顔が紅いのは、もう山の稜線に色を残すだけの沈んだ夕日の所為ではない。
「そんな照れ屋なりんちゃんも好きやで、大好き、愛しとる」
「ちょっ、何阿呆なこと言うとんねんっ! 気色悪いわ! もー早よどっか行って!」
真面目な顔で少しばかり大袈裟に言ってみると、案の定林五郎は大きく表情を崩して俺を向く。
かいらしなぁもう。
そんな愛すべき義弟に小さく吹き出して、俺は懐に手を突っ込んだ。
「ええやん、ちと夜更かししよや」