【完】山崎さんちのすすむくん
絡めた指の温もりに
慶應元年 七月一八日
薄曇りのち晴れ
先日組を脱走した上田末次が事もあろうに朝名を騙り尾張(現名古屋辺り)で金策をしたとの報を受け、伊東参謀と島田が東海道と中山道に其々探索に当たることになった。
伊東参謀はつい先日も奈良へ浪士探索に赴いている。
嫌な顔一つせず、しっかりと隊務をこなしてくることは副長も買ってらっしゃるようではあるが、人が良すぎるところは少々問題やもしれぬ。
此方とて隊規があり、歯向かう者に対しては切り捨て御免を許されているのだ。助命嘆願ばかりされても困るというもの。
とはいえ参謀直々の嘆願を毎度無下に扱う訳にもいかない。
加えて近藤局長は相変わらず彼と政論を交わすのがお好きなご様子。
それに影響されてか、最近では伊東参謀に個人的に教えを乞う連中まで現れ始めた。
これだけ隊士がいれば学問にのめり込む者達もそれなりにいて。
ある種の流行りのようになっているのが些か気にはなる。
それらについては副長も頭を悩ませておられるようであるが、悪いことではないだけに簡単には止めらず、現状どうすることも出来ないようだ。
それでなくともこれだけの大所帯、考え方は多種多様。
以前の方が統率がとれていたのは気の所為ではないだろう。
難しい問題である。