【完】山崎さんちのすすむくん
日が短くなった今時分、すっかり寝静まった夜の屯所にぼんやりと明かりが灯る部屋が一つ。
名を告げ障子を開ければ、滑り込んだ夜風が文机の側に置かれた行灯の火を小さく揺らす。
「遅くにすまねぇな」
温かな色みの光の中に鎮座するのは、繊細な筆致で筆を走らせる副長の見慣れた背中だ。
しかしながら下ろされたままのその髪は未だ乾ききっておらず、背をしっとりと濡らしている。
「風邪をひかれます、大分冷えて参りましたし、お髪(グシ)はもう少し拭かれた方が宜しいかと」
「ん? ああ、どうも面倒でな。すまん、手拭い取ってくれ」
「はい」
幾つか並ぶ行李の中から素早く手拭いの入ったそれを開けられる程にこの部屋を知り尽くした自分が少々哀しい。
「お前みてぇな女が一人いりゃ楽なんだがな。で、餓鬼は元気か?」
「それもー良いです」
わしわしと髪を拭きながら愉しげに吐かれた言葉につい頭(コウベ)を垂れる。
くすん、虐めや……。
屯所中に広まった噂には流石に辟易だ。
「でもまぁ実際わけぇんだろ? 何だかんだ良いながらお前もやるじゃねぇか。で、あっちはどうだ? 生娘か? やっぱわけぇと……」
「副長! 要件をお願いしますっ!」
ふくちょー下世話っ!!
正座した膝の上で拳を握り目付きを鋭くすると、その人はニヤリと片口を上げたあと漸くスッと笑みを消し、鋭利さを纏った。
仕事だ。
「お前に頼みたいことがある──……」