【完】山崎さんちのすすむくん
空を引っ掻いたような細い月が浮かぶ夜。
「安芸ってどの辺なんですか?」
声と共に吐き出された白い息は瞬く間に闇に溶けていった。
新春を迎えたとはいえ、まだまだ暖かさは遠い。
すぐに帰るつもりではあるものの、冷たい風が吹き抜ける細い路地は中々の寒さだ。
首を竦めてカチカチと歯を鳴らす夕美を着ていた羽織の中に引き寄せると、そのまま話を続ける。
ちゅうても口では説明しにくいねんけどなぁ。
「んーこっからもっと南でや……広島藩があったりするとこやねんけど」
「あ、広島なら分かります! って、そんなとこまで歩いて行くんですか!?」
だがすぐに理解した様子で顔を明るくした夕美は、直後意外なところに食いついてきた。
「当たり前やん、駕籠なんかに乗ってってみぃや、高ぅつき過ぎて恐ろしわ」
勘定方の連中にしばかれるわ。や、刺されんな。
それでのうてもあの連中いっつも隈こさえてピリピリしてやんねんもん。俺そんなんよぉ言わへんわ。
算盤(ソロバン)片手に淀んだ溜め息を吐く彼らを思い出すだけで、ブルリと体が震える。
「そっか、そーですよね……」
目線を下げてなにやら感心したように呟くそいつに、逸れた話を元に戻すことにした。
「でや、発つんがまた急で明日やねんけど、帰ってくるんはいつになるかよぉわからんっちゅうか……多分少のうても二月くらいは戻って来れへん思うねん」