【完】山崎さんちのすすむくん
俺の心配を他所に、違うところで拗ねている夕美が堪らなく愛おしい。
身を寄せた暖かさとはまた違った温もりが指先にまでじわりと灯った。
「寂しいで」
おらん間に消えてもうたら、とも思う。
考えないようにしていたそんな不安は、もしかしたらこいつの中にもあるのかもしれない。
「せやからちゃんとお利口さんに待っとってや?」
俺が帰ってくるまで。
そんな想いとは裏腹に、軽い物言いになるのは大坂人の性だ。
「……また、子供扱いして」
「してへんよ」
照れ隠しなのか、再び拗ねた顔で上目に睨む夕美に軽く口付ける。
「ほら、してへん」
くるりと目を見開いた夕美は、きっと明るい時に見れば真っ赤な顔をしているのだろう。
だが一瞬目を游がせつつも、俺の胸元をきゅっと掴んで再び視線を絡ませてきたそいつは確かに妙齢の女の目で。
微かな月明かりを滲ませるその眼に吸い寄せられるようにして、すっかり冷えきった唇を重ねた。
触れて、離れて、また触れて。
何度も啄むうちにそれは柔らかな熱を取り戻す。
今まで物陰に隠れて僅かに交わしたものとは違う口付けは、甘く、熱く、脳を揺らした。
──もっと
そう思う俺は、今ただの男に成り下がっている。
だがしかし、唇を割った瞬間強張った夕美の体に、すっと冷静な頭が返ってきた。
「……続きは、また帰ってきたらな」