【完】山崎さんちのすすむくん
次に足を向けたのは大広間。
風と共に流れてくるのは魚を焼いた香ばしい匂い。やっと夕餉である。
早足で急ぎ帰った今、流石に腹はペコペコだ。
此処で暮らす男達が交代で飯炊きをしている為、お世辞にも旨いとは言えないものではあるが、それでも今日ばかりはいくらかマシに思える気がしている。
同じくそこに向かおうとしているであろう連中がちらほらと見える中で、ふと、これまた懐かしい気配が近づいてきた。
「お兄っ」
嬉しさの混じった叫びに思わず小さく笑みが溢れる。
兄しかいない俺をそう呼ぶのはこの世でこいつだけだ。
「久しいな、林五郎」
「ちょ、いつ帰ってきてん? 言うてぇや!」
「さっきやさっき。どうせ今から飯やしええかな思て」
隣に並んだそいつは相変わらずよく似た顔をしているのに、不思議と可愛く思える。
「ちょ!? 何すんねん阿呆兄っ」
まぁ、わしわしと髪を交ぜるように撫でてやったら強引に払われてしまったが。
この照れ屋さんめ。
「んな阿呆やってんとや、飯食うたら俺んとこ来て欲しいねんけど。文預かってんねん、夕美から」
「……へっ?」
夕美から、文?
「なーにまた間の抜けた顔しとんねん。安心しぃ、読んでへんから。ま、三行半(ミクダリハン・離縁状)やないこと祈っとき」
勢いよく振り向いた俺にニヤリと笑う林五郎だが。
……それ、洒落にならん。