【完】山崎さんちのすすむくん
始めはただ逢いたいと願っていたのに、いつからかそれに不安が混じるようになった。
仕方がなかったとはいえ、この半年近い間連絡すら取れなかったことは、正直少々後ろめたい。
やましいことは何もないのだが、だからといって胸を張って『帰ったぞ』と言える程図太い神経は持ち合わせていなかった。
しかも、
──夜四ツ、お店の前で待ってます
ただそれだけが書かれた文に何となく緊張して、紙を持つ手に嫌な汗が滲んだ。
少なくとも、怒ってるような気は、する。
林五郎のあのニヤリが一体どんな意味を持つのか定かでなかったが、それは俺自身が確かめねばならぬこと。
兎も角、待ってくれてはいるのだから。
……よし。
三つに折り畳んだそれを懐に仕舞い気合いをいれて立ち上がると、柔らかな月明かりが注ぐ瓦屋根を蹴った。
鴨川のせせらぎが僅かに聞こえる三条の通り。
日中あれだけ五月蝿い蝉はどうしたのかと思う程に静かな夜、仄かな白い明かりの中に、その姿はあった。
「……夕美」
「……あ」
店の前で月を見上げていたそいつは、まだ少し離れたところから呟いた俺の声を拾い、大きく目を見開いた。
「烝、さん」