【完】山崎さんちのすすむくん
障子に映る黒い影にそう声を掛けて、漸く隅にある行灯へと手を伸ばす。
どこか夏の夕立を思わせる、特徴ある火打ち石の香りが少しだけ俺の頭をはっきりとさせた。
「こほっ……すみません、寝るところでしたか?」
溢れた咳を袖で隠して入ってきた沖田くんが申し訳なさそうに眉を下げる。
最近では床に伏せることも格段に増え、自室に籠っていることが多い彼がこうして俺の部屋にやって来るのは珍しい。
「……いえ、少し考え事をしていただけです」
ふわりと灯った柔らかな明かりに微かに心が凪ぐのを感じながら、立ったままの沖田くんを座るように促した。
まだまだ暑いこの季節。
日焼けを知らないその肌は、行灯の明かりの中ですらわかる程に、白い。
加えて以前とは違い、長い髪を顎の下で緩く結んで前へと垂らしている姿は、時折消え入りそうに儚げに映る。
だが具合が悪いのかと思えば、今の彼はそうでもなさそうで。
「どうかしましたか?」
俺は思わず首を傾げた。
「や、えっと、その……ほら、何かりんごくんと喧嘩してたって聞きまして」
そう苦笑いを浮かべる沖田くんの言葉に一瞬瞠目してしまう。
が、次の瞬間には俺にもまた苦笑いが浮かんだ。
その気持ちが擽ったくて。
「耳が早いですね」
病人に心配さしてどーすんねん俺。