【完】山崎さんちのすすむくん
「よくやった」
労りの言葉は笑みを含んで吐き出された。
それを、僅かに頭を下げてただ黙って受けた斎藤くんはやはり表情に乏しく、恐ろしく普通だ。
確かにこれならば向こうも間者と気が付くことはなかったに違いない。
だからこそ、彼がもたらした情報は衝撃的だった。
──屯所を焼き討ちし、その混乱に乗じて局長以下幹部を討ち取り、組織ごと乗っ取る
洛陽動乱(池田屋事件)を思わせるその過激さに背筋が粟立った。
時勢が大きく変わりゆくなかで、元新選組というのが大きな枷となり尊皇派の連中に信用されずにいた彼等が最後に打つ大博打。
現状に余程焦りを覚えてのことなのだろうが、そのやり方は長州の過激派と何ら変わらず、許されるものではない。
そしてこうして話が漏れた今、
「漸く動いてくれたな」
彼等に逃れる術はないのだ。
くつりと喉を鳴らす副長の目は凍てつくように冷たい。
俺ですら、その触れれば切れてしまいそうな視線に目を逸らしたくなる。
元々副長は邪魔になりそうな彼等を消したがっていた。
あとは蜘蛛の糸に掛かった彼等をそっと、手繰り寄せるだけ。
四年前のあの雨の日のように。
「山崎、鉄を呼べ」
だがどういった算段がなされているかわからぬままに出された名前は意外なもの。
「市村を、ですか?」
つい聞き返してしまった俺に、副長は口許を綻ばせた。
「奴等に文を届けてもらうんだよ、旨ぇ酒でも呑まねぇか、ってな」
それは震える程に美しく冷徹で。
恐怖すら、覚えた。