【完】山崎さんちのすすむくん
「鳥羽の方で交戦したらしい」
「何故」
「ついにか」
「すぐそこでも会津と薩摩がぶつかったぞ」
「なら俺達も」
あの銃声から程なくしてこの伏見奉行所の近くでも硝煙があがり、屋敷では様々な声が飛び交った。
腰に下げた大小が擦れる音。
鎖帷子(クサリカタビラ)を着込み、籠手や鉢金を着けた男達が重そうな音を立てて次々に駆けていく。
奉行所内を張り詰めた空気が波紋のように拡がる。
改めてこの状況に身を置くと、己の中に沸き立つ感情すら覚えて。
興奮なのか恐怖なのかわからないそれに、渇いた喉をそっと唾で潤した。
この伏見にいるのは旧幕府の歩兵隊と会津の藩兵と俺達。無論、局長がおられない今、指揮をとるのは土方副長その人だ。
「山崎、おめぇは其々の戦況を俺に伝えろ」
「承知」
開かれたばかりの戦端、情報の伝達は重要な任務の一つ。
銃弾までもが飛び交う此度の戦でのそれは、中々の危険も伴うのだろう。
が、
「必ず戻れ」
主の命は絶対である。
「……御武運を」
「ばーか、誰に言ってやがる。さっさと行け」
少し砕けた物言いになったその方の目は野獣の輝きを宿していて。
安心と畏怖を同時に感じながらも俺は奉行所を飛び出した。
が、戦況は劣勢。
鼻につく硝煙に、やはり今までとの違いを生々しく感じ、あの安芸で見た戦いが脳裏を掠める。
何度か行ったり来たりを繰り返すうちに、副長の眉間にもいつにも増して深い皺が刻まれていく。
そして──
「っ、此所は棄てるぞ!」
じりじりと迫る薩摩の大軍に、俺達は本陣である伏見奉行所を放棄することとなり。
それから程なく、奉行所からは大きな炎が上がった。