【完】山崎さんちのすすむくん
戸を開ければ、昨日の雪が眩しい程に日の光を映していた。
「うわー積もってるー」
俺の後ろについて顔を出した夕美はそれを見て目を輝かせる。
……犬かい。
寒いし歩きにくいし全然嬉しないねんけど。これの何がそない楽しいんやろか。
「あんまはしゃいどったら」
「うひゃ!?」
「……滑って転ぶさかいに、次からは気ぃつけ」
言わんこっちゃない。
片手で受け止めたそいつを呆れて見下ろす。
「……へへへ、有り難うございます」
「へへへちゃうわ」
気が抜けるっちゅうのはこう言うことやな……。
溜め息をつき、夕美の持つ風呂敷包みを奪い取って歩き出した。
「雪の日だけとちゃう、お前さんはちょい注意力が足りんねん。足元よう見て、周りに気ぃ張って!もう俺も見とれんねやからな、しっか頼むで」
そもそも京に来た理由からして間抜け過ぎんねんっ。
見とるこっちがハラハラするわっ。
あーほんま大丈夫やろか……可笑しなことにならんか今から心配でしゃーないわぁ……。
「ねぇ烝さん」
「ん?」
くんくんと袖を引く方へと顔を向ければ、それは頼りなげに眉を下げ俺を見上げてくる。
「また……会えますよね? あそこに行けば会えるんですよね?」
……俺よりも不安なんはこいつか。
犬の頭を撫でるようにそれを揺らす。
「安心せぇ、顔は出す。ただ普段は仕事で色々回っとるからなぁーあっこにはあんまおらんねや。遠出したら夜も戻らんし」
「そっかぁ……」
垂れた耳が見えるような気がするから不思議だ。
まぁ他に知り合いもおらんし、懐かれんのも当然か。
別に……悪い気もせんしな。
「林五郎にも顔出すよう言うてあるし、俺もちょいちょい行くから我慢してくれるか」
「……約束ですよっ」
どこか温かな気持ちで新たに増えた妹のようなそれを奉公先へと送り届け。
通りへ出て大きく深呼吸すると、冷たい空気に身も心も引き締まる。
再び開いた目をスッと細め、俺は行き交う人々の中へと身を滑らせた。
これで漸く長くて短い『普通』の日常生活は、終わりを告げたのだ。