【完】山崎さんちのすすむくん


「……やまふぁきふぁん……ですか?」


やまふぁきちゃうわい、山崎や。


小さな提灯を横に置き、慌てて何かを飲み込んだのはすらりとした立ち姿の青年。


「へへ、こんばんは。山崎さんも何か物色しに?」

「まぁそうですね。今日は夕餉を食べ損ねてしまいましたので残飯でも頂こうかと」


ばつの悪そうな顔ではにかむその青年は浅葱の羽織に身を包み、夜間の巡察に向かう前に此処に立ち寄ったというところ。


目が泳いでいるのは、その食べた物が原因だろう。


「……腹が減っては戦は出来ぬ、ですよね? じゃあ私は巡察がありますのでっ」


まだ幼さの残る顔であどなけく笑うと、その青年はパッと提灯を取り軽やかに駆け出す。


「沖田助勤」


そのすり抜け際、俺は小さくその名を呼んだ。


「……はい?」


瞬間、その人はぴたりと立ち止まり、ひきつった笑みで俺を振り返る。


肩下まである髪を後ろで一つに結わえたこの青年は沖田総司。


二十という若さで副長助勤を任されている旗揚げ当初からの数少ない隊士だ。


……そない怯えんくても。


とは思うものの、監察という立場上それも致し方ないことだと理解もしている。


……けどまぁたかがつまみ食い。


「井上助勤が来客用の茶うけのなくなりが早いとぼやいていました。……程々に」


こんくらい別に目くじら立てることやないしな。


一応注意もしつつ最後に僅かに微笑んで言えば沖田くんはくるりと目を見開いて、直後表情を緩めた。


「はい、次からは一つで我慢します! では巡察に行って参りますねっ」


何個食うとってん自分。


夜の巡察の度に何個も食うとったらそら減るんも早いわいっ。


遠ざかる提灯の明かりを呆れ眼で眺めて、開けた戸口から差し込む月明かりを頼りに俺はおひつに入った冷や飯を碗によそった。
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