ごめんなさい【BL】
 
 優しく抱き締めてくれる腕も。
 癒される様な、心地よい低音も。

 何もかもに愛が満ちていて。
 それで足りないなんて、想うことすら傲慢で。

 どんなに理解っていても。
 どんなに満ち足りていても。

 ふとした瞬間に、それは崩れ落ちる。

 砂で出来た城の様に。
 硝子で出来た聖母の様に。

 それは脆く。
 簡単に壊れていく。

 皹が入れば。
 あっというまに。

 落としてしまえば。
 あっというまに。

 崩れて。
 壊れてしまう。


「悩みでもあるのかい?」

「そう見えますか?」

「聞かないと話してくれないでしょ」

「――別に、悩みなんてないですよ。ただ…」

「ただ、何?」

「最近ずっと、考えていたんです」


 変わらぬ笑みを湛えて。

 いつもと何一つ変わらない口調で言葉を紡ぐ。


「僕のこと好きですか?」

「好きだよ」

「僕のこと、愛してますか?」

「勿論、愛してるよ」

「じゃあ、妹さんは?」

「好きだよ。勿論、家族としてね」

「この職場のみんなや、他の人たちは?」

「みんな、大切な仲間だよ。どうしたの、そんなこと聞いて。心配しなくてもボクが愛してるのは君だけだよ」


 ふわりと。
 優しい手が。
 しなやかに。
 伸びてくる。


「――嫌、なんです」


 乾いた音。
 行き場を無くして堕ちる、手。

 苦笑。

 甘い時間に流れる、冷たい空気。

 つい先刻まで愛し合っていたのに。


「貴方が、他の誰かを思うのが嫌です」


 僕以外の誰かをその目に視さないで。
 僕以外の誰かを気に留めないで。
 僕以外の誰かを愛さないで。
 嫌。
 嫌。
 僕が壊れる。
 だから僕だけを愛して。
 貴方以外は何も要らない。
 だから僕だけを愛して。


「ん?」

「…ごめんなさい。貴方と居ると、僕が壊れていく」

「…どうした……の?」

「――ごめんなさい」


 これ以上、壊れないように。
 砂で出来た城の様に。
 硝子で出来た聖母の様に。

 それは脆く。
 簡単に崩れていく。

 皹が入れば。
 あっというまに。

 落としてしまえば。
 あっというまに。

 崩れて。
 壊れて。


fin
 
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