一人の女官は恋をした【短編、諸説あり】
こんなに想ってくれる彼女を嬉しく思うのは事実だ。
だから、余計に連れていきたくなくなるのだ。
「…わかってくれ、麗…」
「……」
そっと、麗が離れた。
そして悲しそうに笑う。
「……日子さま、これだけ言わせてくださいっ…」
目元を拭う。
月明かりでみてもわかるほど、真っ赤になってる。
明日は絶対に腫れるだろう。
「――私は、日子さまが好きでした…
悲しそうな瞳も、類いまれなる才能も。
全部に魅せられました」
「麗、」
「…私、幸せになります。蓬莱じゃなくて、ここで。
日子さま、今までありがとうございました。
私は、日子さまに仕えられて…し…幸せでした…」
(――ようやく言えた…)
最後は涙で何をいってるか聞きづらくなってしまったが、言えたことに変わりはない。
「麗…私は、お前を忘れない。だから、幸せになってくれ…頼むから」
「はい…」
一人の女官は、一人の忘れられた王族の忌み子に恋をした。
その恋は叶うこともなく、また当人以外誰にも知られることもなかった。
ただ、確かに月明かりのしたと、当人らの記憶の中に、それは存在したのである。