龍雲
商いの娘
倭国ー…

室町の世。

多くの武士が戦乱を巻き起こしている。

そのせいで家を追われる民も少なくない。

17になる華夜子もその一人だった。

華夜子はしがないの商いの娘だった。

貧しくても家があり、家族がいた。

ところが、昨夜その貧しい幸せをすべて奪われたのだ。

戦乱によって。

華夜子は小川の脇にしゃがみ込むようにして蹲った。

命からがら逃げ回った華夜子の足は疼くように痛んだ。

華夜子は泣かなかった。

現に今も悲しい筈なのに泣く事ができなかった。

むしろ、泣けない自分に対する嫌悪感が胸のうちを取り巻いていた。

なぜ…と華夜子は思う。

風が痩せた華夜子の体を掬う。

戦乱の後、華夜子はこの風に流されるままに歩いたのだ。



この世には仏や神がいるという。

ならば何故、この戦乱を止めてくださらないのか。

何故不作が続くのか。

長年の不作で米価は高騰していた。

日照り上がった大地には亀裂がはいった。

信じられないほどの荒廃。

華夜子はそんな恵まれない土地に暮らしていた。

京は豊かであるのに。

仏や神がいるのなら、何故荒廃があるのか。

何故すべてが京のように上手くいかないのか。

気付くと、華夜子は小川の淵に立っていたのだ。



華夜子はしゃがみ込むようにして蹲った。

「神も仏も信じない…」

ふと顔を上げると、小川に光る何かが浮かんでいるのに気付いた。

華夜子は疼く足を叱咤して立ちあがった。

浮かんでいる何かを手で救う。

それは何かの花びらに見えた。

その「何か」は青というよりも群青に近い色で鈍く光っている。

「これ…鱗??」

華夜子は思ったが、このような色のしかも大きさは手の平ほど。

そんな鱗にはついぞお目にかかったことが無い。

小川に目を向けるが、勿論なにもない。

いや、何もではない。

そこには背の高い立派な銀の髪を持つ青年が立っていた。

その何者かはこちらに向かって歩み寄ってきた。

「お迎えに参じました。」

青年の突然の言動に唖然としてしまう。

そもそも華夜子には、家族のほか身寄りが無かったので、誰かが迎えに来るなんてあるはずもない。

「人違いだと思うのですが…」

なんとかそう言って青年を見る。

青年の瞳は澄んだ青色をしていた。

そして、青年の身なりがそれなりに立派であることに気づいた。

いづこかの将軍かもしれない。

しかし、剣を帯刀していないことから、すぐにそれは違うとわかった。

「いいえ。間違いではございません。上様が私を遣わしましたから。」

淡々と述べる青年はどこか冷たく見えた。

「上様…?」

青年は無言で頷くと、その場で立て膝をついた。

「上様が貴方を選ばれたのでございます。どうか私とおいでください。」

青年は真摯な目でこちらを見つめた。

華夜子は何か得体のしれないものに巻き込まれてしまったような、奇妙な気持ちになった。

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