情熱のメロディ
 「――ア――――リア――アリア」
 「っ!はい」

 少し強めの口調で名を呼ばれ、アリアはガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。

 「いや、すまない。驚かせてしまったかな?ぼうっとしていたから……」

 アリアに声を掛けてくれたのはハンスだ。いつのまにかバイオリンセクションのメンバーは帰ってしまったらしく、控え室にはアリアと彼しか残っていない。

 「体調が悪いの?顔色が良くないよ」
 「いえ、大丈夫です。ごめんなさい……」

 椅子に座り直して、中途半端に片付けられたバイオリンを再び手に取る。

 「音楽祭の練習が大変なんじゃないかい?」

 そう言われ、アリアの手が止まる。すると、ハンスは持っていた荷物を机に置いてアリアの向かいに座った。

 「何か悩んでいるなら話してごらん?君が悩んでいることは、技術的なことではないのだろう。私は君より随分長く生きている分、アドバイスできることもあるかもしれない」
 「…………」

 アリアはしばらく俯いて黙っていたが、ハンスはずっとアリアの言葉を待ってくれていた。

 「自信が、ないんです」

 本当のことは言えなくて、アリアは少し言葉を濁す。

 「カイ様の音楽に近づけないんです。方法は分かっているはずなのに、うまく、それをアウトプットできなくて……このままでは、音楽祭に出られません」

 アリアはバイオリンを胸に掻き抱いた。こんなに好きなのに、こんなに膨れ上がった気持ちなのに、それを聴かせる場所がなくて、アリアの心に溜まっていくばかりの初恋。やり場のない想いを、アリアは受け止め切れていない。伝える勇気がない。
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