情熱のメロディ
 「アリアはもう弾けないと、自信がないと言いました。ですから、私を音楽祭に出していただきたく、お願いに参りました」

 カイはフリーダがそう言う間、楽譜に目を通していたが、やがてフリーダと視線を合わせて楽譜を彼女に戻す。

 「アリアの楽譜だね」
 「はい。アリアが私にくれたものです。完璧に暗譜もしています」

 本当は、フリーダに取り入ろうとする楽団のメンバーが練習のときにアリアの楽譜ファイルから抜き取ったものだ。陰湿な嫌がらせに眉を顰めたフリーダではあったけれど、だからといって返す気にもなれず、そのままにしていた。

 そして、自分もカイとのデュオやソロを音楽祭で演奏したいと……そういう気持ちから練習していた。

 「そう……でも、これはアリアが失くしてしまった方の楽譜だよ」
 「私が嘘をついているとおっしゃりたいのでしょうか?」

 フリーダはひるむことなく真っ直ぐにカイを見つめ返す。すると、カイは緩く首を振って優しく微笑んだ。

 「嘘かどうかは問題じゃないよ。でも、僕は君とはこの曲を弾けない」


 ハッキリと告げられた言葉に、フリーダは血が滲むほど唇を噛み締めた。

 カイもアリアばかりを見ている。皆がアリアに注目し、彼女の音楽を褒める。フリーダはもう過去の人物になってしまった。

 どうして……フリーダはまだここにいるのに。まだバイオリニストとして演奏をしているのに。どうして誰もフリーダを見ないのだ。
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