情熱のメロディ
 バスラー家は、シュレマー家と同じ上流階級の貴族だ。その息子がアリアの父と……

 それだけで、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。高い場所から落とされたような、内臓が浮く感覚にアリアは目を伏せた。

 アリアには兄と姉がいるが、どちらもすでに結婚している。バスラー家の当主ならば父と仕事の話もあるだろうが、その息子がシュレマー家を訪れる用はひとつしかないだろう。

 「お父様は、何て……?」
 「心配しなくても、勝手に決めたりしないわ。バスラー家からは以前にも縁談の申し入れがあったのよ。そのときはお手紙だったけれど、今日は直接ご挨拶にいらしてくれたからおもてなししただけよ」

 ヴェラはアリアを諭すように背を撫でて、トレーを膝の上に置いてくれた。

 「今は、身体のことを一番に考えなさい。音楽祭の練習は、アリアが治ったらってカイ様もおっしゃっていたわ」

 音楽祭までもう少し――“しばらく”という曖昧な期限で練習を休んでいたカイとアリアもさすがに練習を再開しなければならない。

 またカイに会える。

 嬉しいはずなのに心はあまり弾まなくて、口にしたスープも喉を通るのに時間がかかった。

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