情熱のメロディ
 「それに、どんな理由があっても、音楽家の手を傷つけることは許されない」
 「でも、それは……フリーダさんだってきちんとわかっています。それに、私が手首を捻ったのは少し手荒く倉庫へ入れられたからで……」

 フリーダは優秀な人だ。確かに冷たい振る舞いをするけれど、それは音楽に対してとてもストイックなだけなのだ。

 手首を怪我したのだって、倉庫で床に叩きつけられるように身体を投げ出されたためで、その直接の原因はアリアを担いでいた男性にある。

 「そもそも、フリーダさんが怒ったのは、私に覚悟が足りなかったからです。これは私が招いたことでもあります。ですから、フリーダさんに責任を取ってもらいたいとか、処罰を受けて欲しいとか、そんなことは望んでいません」

 そう言うと、カイはまた大きく息を吐き出してアリアの手首を握る手に少し力を込めた。

 「君なら……そう言うと思っていた。でも、僕は許さないよ」
 
 そのとても強い言葉に、アリアは息を呑む。カイは怒っている――アリアの知らない王子がそこにいた。
 
 「嫉妬で人を傷つける人間が、音楽を奏でるのにふさわしいとは思わない。だから、この件はきちんと処理する。いいね?」
 
 カイの憤りが手首から熱くアリアの身体を駆け巡る。

 アリアは動けなかった。頷くことも、首を振ることもできず、ただカイを見つめる。尤も、アリアが何を言ってもカイは聞き入れてはくれないだろう。
< 62 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop