情熱のメロディ
 「バスラー家との縁談があるって噂を聞いたから……前、君は恋をしているって言っていたでしょう?」

 カイはそこでアリアから視線を逸らし、アリアの手にそれを落として続けた。

 「彼は……とても頼れる男性だよ。聡明で、呪文も上級なものを使いこなす。バスラー一家は音楽にも理解が深いし、君のことをきっと大切にしてくれる。君の恋は、叶わないかもしれないけれど――」

 カイの視線がアリアに戻るのと同時に、今まで淀みなく流れていた言葉が途切れる。

 「アリ、ア……?」

 驚き、困惑、狼狽……いろいろな感情がカイの表情に浮かんでは消え、アリアは頬を伝う涙を拭った。

 悲しい――叶わない初恋の相手が、アリアの縁談を知ってそれを勧めてくる。これほど苦しい気持ちをアリアは初めて知った。

 「ごめ、なさ……っ」

 止めようとしても止まらない涙がアリアの袖をどんどん濡らしていく。

 泣いたって、どうにもならないのに。カイが優しくしてくれた日々が遠くなっていく。

 しかし、次の瞬間、カイがアリアのベッドに手をついて身を乗り出し、アリアの目尻を親指で拭った。近づいた距離、カイの吐息がアリアの唇にかかる。だが、カイは眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をしたままそれ以上は近づいてこない。
 
 「……っ」

 しばらくそのまま見つめ合い、カイは目をギュッと閉じてアリアの視線を振り切るようにし、アリアの肩に額を落とした。
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