情熱のメロディ
 同じメロディ、フレーズ、曲――それをどう解釈し、演奏するかは演奏家の選択によるものだ。

 だからこそ、観客は共感したり、ときには自分のイメージとの相違に落胆したりする。中には忠実に楽譜を再現して欲しいという作曲家もいるが、音楽の楽しみはその変幻自在なキャラクターにあるのだとアリアは思う。

 それなのに、今のアリアはただ楽譜を読むだけ。これではバイオリニストとして胸を張れない。

 「アリア。カイや議会が貴女をゲストとして選んだ理由を考えてみてほしいの。貴女は貴女の思うままにバイオリンを弾いていいのよ」

 最後にフローラがそう言って、国王夫妻はアリアから離れていった。

 アリアは2人に言われたことを何度も何度も心の中で繰り返し、それができない――いや、自ら隠そうとしている――自分との葛藤に苦しんだ。

 広間の壁に背を預け、ぼんやりと会場の人々を見つめながらアリアはドレスのスカートを握る。司会が前夜祭の進行をしていくのも、他国の来賓が挨拶をするのも、ほとんど聞こえなかった。けれど――

 「――婚約はボレル家が濃厚だってさ」
 「まぁあそこは中立だしな」

 ふと、アリアの前を通った2人の男性の会話が聴こえて、アリアは顔を上げた。

 「議会でかなり揉めたみたいだけどな。サッサと婚約確定させたい議会側とカイ様の意見が対立したって」
 「でも、どちらにしろ決まりなんだろ?」
 「あぁ。でも、カイ様はなんだか音楽祭に強い思い入れがあるみたいで――…」

 カイの婚約――アリアの耳にはそれだけが残った。
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