情熱のメロディ
 カイが行ってしまう――そう思うのに、身体が動かない。カイを苦しめているのは、アリアの気持ちだから……

 夢は夢のままの方がいい。カイとの未来を望むなら音楽を捨てることになると暗に言われて、アリアは咄嗟に覚悟ができなかった。

 それは、アリアのカイへの気持ちがまだ憧れだということなのではないか。そう思ったら、カイを引き止められなくて、アリアはただ静かに泣いた。
 
 揺れるマーガレットの花だけがアリアを見ている――

 「アリア」

 そう思ったのに、カイと入れ替わるように現れたフローラにアリアは強く涙を拭った。

 「あ、あの……ごめんなさい。パーティを抜け出して、それに、勝手に……」
 「いいのよ。私の方こそごめんなさい。少し……2人のお話を聞いてしまったわ」

 どこから聞いていたのだろうか。アリアは慌てて立ち上がり、汚れてしまったドレスを叩いた。けれど、一度ついてしまった土は落ちてくれず、まるでアリアの心に張り付くように黒ずんだ染みを作る。

 「私のせいね……」

 フローラはカイが去っていった方へ視線を投げかけて呟いた。

 「カイは……兄弟の中でも特別私に懐いてくれていたわ。小さい頃から私とピアノを弾いて……だから、カイに一番音楽センスがあるのも必然のようなもの。でも、だから……私が教えすぎてしまったの」

 ピアノ講師としてのフローラが顔を出す。ヴォルフと出会う前のフローラを知り、彼女の懐かしさを滲ませた思い出話は、カイに“後悔”という印象を与えたのかもしれない。
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