情熱のメロディ
 フローラに問われて少し顔を上げると、フローラはフッと笑いアリアをそっと抱き寄せた。カイとは違い、柔らかくしなやかなフローラの腕に包まれてアリアは目を閉じる。

 最初は淡い恋心だった。カイの言うように、誰もが抱くような憧れだった。でも今は違う。

 「カイは貴女の“憧れ”しか聴いたことがないわ。私も、今まで貴女の演奏を聴いた人々も。今の貴女の気持ちは、誰も知らない。だって、貴女が伝えていないもの。そうでしょう?」

 隠していた。無意識に、そして今は意識して、カイへの想いをミュラーの夢の裏に隠して演奏している。カイは、アリアの気持ちを知らない。

 「アリア。貴女が今ここにいるのは、貴女の音楽(おもい)が人々に届く証拠。真実と秘密、貴女はどちらを選びたいと思うの?」

 まだ伝えようとしていない、カイが知らないアリアの恋心。それをカイに知ってもらいたいと思ったとき、アリアの音はどう変わるのだろう。

 ――『今までできていたことなのだから……』
 
 ハンスの言葉が思い出される。

 何も恐れることはないのだ。アリアはただ、本能のままに寄りかかればいい。今までずっと共に音を奏でてきたバイオリンは必ず応えてくれる。アリアの気持ちを伝えてくれる。

 あとはカイにそれを聴いてもらうだけ……そして、そのチャンスはアリアの目の前にある。

< 79 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop