異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
たぶん、まだ恋とも呼べない、淡くて小さな想いだった。芽吹く前のそれを埋めて忘れるために、それまでの自分をばっさり切り捨てたかった。
おしゃれをするお金も時間もないあたしが唯一取り柄にしてたのが、さらさらのセミロングの黒髪。小学校で芹菜に初対面でガン見されて、“どうやってそんなに綺麗にできるの?”って訊かれたのがきっかけで、友達にもなれたんだよね。
これだけは毎日毎日丁寧にブラッシングして、つやつやにするのに気を遣った。街ではよく声をかけられて、振り向けば舌打ちされ“ブスじゃん”と言われては、ナンパ男に笑顔で拳をくれてやったものだけど。
そんなあたしが、唯一誇れるものを切り落とす。
胸が、痛まないわけじゃない。
亡くなったお母さんも春風おばさんも。――秋人おじさんも、みんなみんな口を揃えて“なごちゃんの髪はきれいだね”って褒めてくれた。
“いつか、長くなったこの髪を結って振袖を着て、次は神前式の打ち掛けを着るんだよな”
“秋人ったら、父親がわりにって気が早すぎよ”って。お母さんが笑ってたっけ。
でも、ごめんね。約束――守れなかった。
セリスだって……
ヒカリハナムシの幻想的な光景の中で、“美しい髪ですね”褒ってめてくれて。どれだけ嬉しかっただろう。
けど、もう断ち切らなきゃいけない。あたしを騙していたセリスは敵だと思わなきゃ。
ゴシッと目元をぬぐい、レヤーににっこり笑って彼の翼を掴む。
「さ、早く行かないと置いてかれちゃうね。いこ!」