異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
ドン、と大きな音が湯殿全体に轟く。それとほぼ同時に、お湯が激しく飛び散った。
ガキン、と鋭い音が耳をつんざく。涙で滲む膜の向こうに、黒い人の形が見える。
セリスと誰かが斬り結んでいるのだ、と気づいたのは彼の激しい動きによって。セリスはあたしの短剣を使い、誰かと刃を交わしてる。
けど、あたしを抱き抱えたままで。動きが圧倒的に不利には違いない。セリスに余裕が無くなったのか、彼はあたしの肩を押すと、そのまま後ろに下がらせた。
ようやく解放されて、ホッと息を吐く。ガクガクと震える体を自分で庇うように抱きしめた。
(一体誰がセリスを……)
目の前で起きた出来事をよく見ようと目を擦れば、見えてきたのは……。
セリスと剣を交わしていたのが、バルドという現実。
「えっ……なんで、バルドが」
呆然と目の前で戦う2人の姿を見遣る。止めたくても、セリスに魔法をかけられたままなのか、一ヵ所に留められたまま体が動かない。
「や……やめて! 2人とも、なんで戦うの!?」
あたしの叫びに、答えるひとはいない。ただ、鍔迫り合いに近い実力伯仲の闘いが続くだけ。
たぶん、セリスは魔法を使ってる。彼は腕が立つかもしれないけど、剣士としての実力は間違いなくバルドの方が上だ。だから、魔法を使ってやっと互角に持ち込んだんだろうけど。
あたしは……どちらに味方すればいいの?
騙したセリスが許せない。その気持ちはまだある。けど、バルドにもまだ教えてもらってないことはたくさんある。
セリスがあたしを帝国に渡したくなかったというのは、どんな理由があったんだろう? あたしはまだ、聞いてない。
ちゃんと話を聞かないと、嘘だとか言えないもんね。