異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
はっ、とあたしは目を開けた。なんだろう……今のは? 自分が自分でなかったみたいだ。
うつむいていた顔を上げれば、バルドの黄金色の瞳と視線がぶつかる。彼はあたしを見上げると、おもむろに口を開いた。
「今、あの女が居間で祝詞を唱えている」
バルドがいうあの女、って誰だろう? ロゼッタさん……は魔術が使えない。なら、ヒスイしか心当たりがない。
「あの……のりと、って……何のこと?」
恥ずかしながら、あたしにはわかりません。そういった知識はまるっきり無いし。そう言いたかったのに。
「ヒスイが何をしてるの?」
バルドの右手があたしの頭に回ったかと思うと、グイッと前に引き寄せられる。
そして……
音もなく、彼の唇があたしのそれに重なった。
「……!」
なにが、起きたの?
その瞬間、全身が花びらで包まれたように花の薫りが濃くなって。あたしの中にあった一本の細い光が、まるで爆発するように広がると空へ昇るのを感じた。
ぽつり、と。葉を叩く音でハッと我に返る。
いつの間にかバルドは離れていて、あたしでなく空を見上げてた。
「な……なんで?」
あまりに突然の出来事に、あたしが出せたのはそんな疑問だけ。バルドはそれには答えず、ただひたすら空を見てる。彼につられて視線を上げて、あっ! と驚いた。
空が、雲に覆われてるんだって。
しかも、ただの雲じゃない。濃い灰色で、高度が低く垂れ込める雨雲だった。