異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
「じ、じゃあ……そのひと、と……婚約、すればいいじゃない。なんで……仮でもあたしと」
「…………」
バルドは無言なまま振り返ると、なぜかこちらへ近づいてきた。なんで、寄ってくるんだろう?
もう、放っておいて欲しいのに。あたしの心はきっと悲鳴を上げてる。もう、関わりたくないって。
なのに……
いつもの無表情をかなぐり捨てたバルドの瞳には、仄かに灯る何かがあった。
「……アイカは、公爵に嫁いだ」
「え……」
アイカ……アイカって。
聞き覚えのある名前に、そういえばと思い出す。湯殿でセリスがバルドに、アイカってひとのことを訊いてたよね?
(アイカ……そのひとが、バルドの想い人?)
公爵に嫁いだってことは……今は結婚して、人妻ってこと?
「ど……どうして?」
「さあ、な」
バルドはあたしの目の前に立つと、こちらを見下ろしてくる。頭ひとつ以上の身長差があるから、あたしも自然と彼を見上げる形になる。
初めて、バルドのらしい感情に触れたのは気のせい?
彼が、痛みを堪えるような……苦しくて切なげな顔をしたから。どれだけの悲しみと苦しみの中を生きてきたんだろう、と考えたら。自然と涙が溢れてきた。
バルドの指先が、頬を濡らす雫を拭う。
「なぜ、おまえが泣く?」
「わ……わかんないよ」
ぼろぼろ、と後から後から流れて止まらない。