異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
「……なあ、やっぱりやめておけ。俺はいつまでも待つから……あいつだけはやめろ」
傘を拾って再びさしてくれたハルトは、真剣な眼差しであたしに忠告を繰り返す。
「おまえも知ってるだろう? あの男はあの女しか見てない……そんな男に一度きりでも許したら、残るのは虚しさだけだぞ」
「うん……そうだね、きっと後悔すると思う」
着ているドレスの袖口にあるレースを握りしめて、そのまま足元に広がる水溜まりの水紋を眺める。時折水面を滑る水玉は一瞬にして消えていく――これからの行動と同じ。
一秒足らずで、儚く消える。人生の中での一瞬だけ。
「だけど……どんな選択をしたって、きっと後悔する。なら、一度きりでいい。それだけで……」
(それだけで諦められる。二度と、バルドを求めたりしない)
声に出さない言葉は、胸の奥で人知れず消えていく。
好きだなんて、困らせることは絶対に言わないから。
だから……今夜。ほんの少しの時間だけを、与えて欲しい。
あたしの決意が固いと知ったからか、ハルトはこちらの頭に手を載せてポンポンと軽く叩いた。
「……そこまで言うなら……もう、何も言えねえよ。だけど、俺はいつでもおまえの為に動いてやるから、それだけは覚えとけ」
「うん……ありがとう」
「じゃ、おまえが体調不良とかで帰りは遅くなるって侍女どもに伝えておくからな」
帰りはヤツに送ってもらえ、とハルトはヒラヒラと手を振って立ち去る。傘をあたしに押し付けたまま。
「ごめんね……ありがとう」
ただ黙って立ち去ったハルトに、小さく小さくお礼を呟いた。