異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
「わたくしは、ただ……セリス王子のことをゆっくりお話ししたかったのですわ。なぜ、お元気でいらっしゃるのかと不思議で」
小さな、小さな呟きだった。
扇で隠されたアイカさんの口から放たれた言葉は、ともすれば風の音でかき消されそうなほどに微かなもの。
でも、だからこそ。あたしへの警告としては十分な効果があった。
セリス王子がなぜ、お元気なのか――と。アイカさんは言った。
それはとりもなおさず、セリス王子が一度命を落とした事実を知っているということ。
カマかけなんかじゃない。アイカさんは確実に知っている。セリス王子に何が起きたのか、そしてどうして生き返ったのかを。
アイカさんはあの夜の後も相変わらず取り巻きを引き連れていた。その中から情報を仕入れたのかもしれないけれど、国家機密扱いのそんな情報を漏らす人がいるなんて。セイレム王国の恥にもなるし、何よりも信頼性が失われる。他国の人間にこうもあっさりトップシークレットを漏らすなんて。これは、国の根幹を揺るがす事態なのかもしれない。
だから、あたしはミス·フレイルをたしなめた。
「……すみません、彼女も同じ馬車で国境までお送りしてもらってもよろしいでしょうか?」
「わぁ、本当によろしいんですの? ありがとうございます。さすがお優しい妃殿下ですわ。わたくし、ますますお慕いしたくなってしまいます」
パッと顔を明るくしたアイカさんは、あたしの両手を掴んでにっこり笑う。
「大丈夫ですわ。わたくしも経験者ですから、妃殿下の不安なお気持ちを和らげて差し上げましてよ?」
暗にまだ未発表のあたしの懐妊のことを揶揄して脅してきたから、ミス·フレイルもそれ以上は強く言えないようだった。