異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
「アイカさんは、お父様となにか思い出は?」
あたしがそんな質問をしてきたことが意外だったのか、一瞬僅かに目を見開いたけど。アイカさんは数度目を瞬いてから視線を伏せた。
「お父様……わたくしのお父様は……とてもお忙しい方でしたわ」
「たしか、商売で成功されたんですよね?」
「……はい」
アイカさんはフッとその瞳に陰を宿す。きっと、その話には触れられたくないんだろう。狭い貴族の中では、些細な違いが大きな待遇の違いを生む。
――それはまるで、子どもと同じ。冷静な大人ならばたったそれっぽっち? と言いたくなる理由で、立場に差がつくんだ。
(バカみたいだ)
現代日本で育ったあたしは、そう思う。
だから、あたしはあえてアイカさんにその話をした。
「それでもお父様との思い出が全くないわけではありませんよね?」
「はい。月に一度……どんなに忙しくても時間を作ってピクニックに連れていってくださいましたわ。
その時に今の夫やバルド殿下とお知り合いになれたのですけど」
アイカさんは扇を下ろし、フッと小さな息を吐いた。
「……お父様は……よく海で捕まえたお魚を焼いてくださいました。それまで魚介類は苦手でしたが……外で食べるものはおいしくて、弟と夢中になって食べました。とても美味しかったです。あの時拾った貝殻も今も大切にしてますわ」
アイカさんはそう話すと、胸元にそっと触れた。そこにあるのは、桜貝に似た貝殻のブローチ。
「お父様が、わたくしが嫁いだ時にとお作りされたんですの。フローレンスに婚約者ができたら贈ろうと思います」
静かに微笑むアイカさんは、幸せそうに見えた。だから、なおのこと彼女がセイレム王国で見せた態度が腑におちない。