異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。
ただ震えるあたしにバルドは怒ることも不機嫌になることもなく、事も無げにこう話す。
「ならば、今おまえは何を感じてる? 何をどう思ってるのか、正直に言ってみろ。順序立てなくていい。ただ、思いつくままに話せ」
「…………」
バルドとの、以前とまったく同じようなやり取り。だけど今違うのは、あたしの中にある不安や予感がけた違いに大きいこと。
それをどう言葉に言い換えれば上手く伝わるか……だなんて。あんまり賢いとは言えないあたしにわかるはずもなくて。ただ、ポロリと正直な気持ちを溢した。
「……逃げ、たい」
「ああ」
とんでもない言葉を出したのに、バルドはただそう返事して震えるあたしの手を握っていてくれた。
あたしは、ディアン帝国にとって必要な水瀬の巫女で。間もなくバルドの婚約者――正式な妃になる。そうなれば完全にこの世界の住人となって、皇族に列することとなる。今更ながらそのプレッシャーや不安は感じるけれど。本当に逃げたいくらいじゃない。
一番あたしが恐怖を感じるのは――
「あたしがここにいると、とんでもない事態を引き起こす気がしてならないの。あたしが巫女である限り……どうしよう。あたしはどうしたら。バルドのそばにはいたいよ。だけど……そんなあたしのわがままで、またセイレム王国のような事が起きたら……嫌だよ!」
じんわりと視界が白く濁っていき、目からぽろぽろと涙が溢れた。