異世界で帝国の皇子に出会ったら、トラブルに巻き込まれました。




若い妃が歌い出すと、呆気に取られていた他の妃や……中には侍女や女官までもが同じように歌い出した。


拙い歌でも、何かをすれば気が楽になるのか多少パニックが収まる。


アスカ妃がお互い近くの人たちと手を繋ぎなさい、と指示したのも落ち着く効果を見せていた。誰かの存在やぬくもりを感じれば人は落ち着く。アスカ妃がこうして何かに集中させることで、更に恐怖感を和らげさせていることも見事。


【闇】は、人のこころに住む負の感情に応じて存在を大きくする。セイレム王国の悪夢の一夜でも、あれだけ被害が大きくなったのは【闇】がひとのこころを乗っ取って操ったから。


妃たちには、セイレスティア王国王太子妃であるユズの霊薬を知らず摂らせてある。けれど、会場にいる全員のぶんまではなから、どうにかして【闇】に魅惑されないようにしなければ。

アスカ妃の対応によって勇気づけられた人たちは、お互いに支えあうことで落ち着きを取り戻したように見えた。


あたしも皇后を抑えるべく彼女をじっと見据える。


「母上、もうお止めください! 俺は帝位など望まない。あなたこそ皇后の位にいつまでしがみついていらっしゃるおつもりか」


ライネス皇子が母に歩み寄ろうとしていたけれど――皇后は虚ろな目を空中に向けていた。

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