結婚の定義──君と僕を繋ぐもの──
「ありがとう…。私、レナにも、他の誰にもずっと黙ってたことがある…。」

「うん。話して。」

マユは唇をギュッと結ぶと、少しの間、目を閉じた。

そしてゆっくりと目を開けて話し出す。

「私、2年ほど前…結婚して1年半経った頃に…1度、妊娠したの。」

「そうなの?」

「うん…。初めての妊娠だから、何もわからなくてね。つわりもなくて体調が悪いわけじゃないから、職場の人たちにも何も言わずにいつも通りに仕事して…。無理してるつもりなくても、自分だけの体じゃないってこと、わかってなくて…。妊娠がわかってから4週間後、初めての妊婦健診だったんだけど…そのときにはもう……。」

マユは涙声でそう言って小さく肩を震わせた。

「結局…流産して、その2日後に流産の処置手術をして…麻酔が切れた時には、私のお腹にはあの子はもういないんだなって…。全然大事にしてあげなかったのに…涙が止まらなくて…。私がもっと気を付けてればきっと無事に産んであげられたのにって…この手に1度も抱いてあげられなかったこと、ずっと後悔してる…。」

「うん…。」

「私が妊娠したの知った時、シンヤはすごく喜んでた。無理するなよって、いつも心配してくれたのに、平気だからって、私は全然気にもしてなくて…。そんな私の不注意のせいで流産したのに、シンヤは私を責めなかった…。仕方ないよって…マユが無事ならいいって…。あんなに楽しみにしてたのに、一度も…。」

「うん…。」

レナは震えるマユの背中を優しく撫でる。

「それから私、また流産したらとか、もし2度と子供ができなかったらとか、またシンヤを悲しませたりガッカリさせたりするんじゃないかと思うと怖くなって……できないの…。夫婦なのに、あれから一度も…。でもシンヤは何も言わない。シンヤが私に気を遣ってるのがわかって申し訳なくて…一緒にいるのがつらくて、家事もロクにできなくなるほど、それまで以上に仕事に没頭して…。そんな私に気付いたのか、シンヤの方から別々に暮らそうかって…。表向きは、仕事が忙しい私に余計な負担を掛けさせないようにって理由で…。」

「うん…。」

「思えばその時に、シンヤを解放してあげれば良かった…。そうすれば、私に気を遣って不自由な生活する必要もなかったし…別の人を見つけることだってできたはずなのに…。でもね、もうそろそろシンヤの優しさに甘えるのはやめようかなって…。シンヤは何も言わないけど、私といたって…私と別居婚なんかしてたって、シンヤは幸せになれないでしょ…。もっと家庭を大事にしてくれる人と結婚して、その人に子供を産んでもらって、支えてもらって、幸せな家庭を築いた方が、シンヤにとってはきっと幸せだと思うの…。」


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