その瞳に映りませんように

あわあわと思考を巡らせていると。


「ごめん。そんなん言われたことないから、リアクションとれない」

と、ユズキくんはぼそっとつぶやいた。


通常モードのけだるそうな目で、私の視線をするりとかわしたけど、その頬はほんのり赤く染まっているように見えた。


その目を見つめていると、突然、右手に温もりを感じた。


――え?


びくっと体が反応してしまう。

彼の左手が私の右手に触れていたのだ。


その温度は、心臓を大きく揺らすとともに、一気に私の体温を上昇させた。


その手が離れると同時に、ガサリ、とさっきのチョコの包み紙が私の右手から抜き取られた。


目の前のユズキくんは、目的の物――左斜め下を見ていたようだけど、

私の反応にはっと気がついたのか、急に視線を上昇させた。


コンタクト紛失未遂事件以来、再び、間近で私たちの視線が重なった。


いつも通りの7割開きで、黒目が上に浮きがちな、その目。


その焦点は、まだ私の目に100%は合っていないように見えた。


しかし、視線をそらせないでいると、

その目はゆっくりと優しそうに細められ、黒い瞳に私の姿をくっきりと映し出した。


もともとは目尻が下がり気味の二重まぶた。


そう和らげられると、普段とは真逆――彼の温かい感情に心が包まれていくかのよう。


もう一度、どくんと大きな鼓動が体に響いた。


「ゴミ、捨ててくる」


微笑みながらそう言ったユズキくん。

私の分の包み紙を手にして、入り口近くのゴミ箱へ向かっていった。


単にチョコのゴミを捨ててくれただけ。

そうそう。それだけそれだけ。


彼の後姿を見ながら、自分の気持ちを懸命に落ち着かせた。


しかし、心臓が通常モードに戻った瞬間、もう1つのもやもやが私の中に生まれてしまった。



――なんだ、あんなに優しい目、しちゃうんだ。





< 10 / 30 >

この作品をシェア

pagetop