僕には霊感があった。
「じゃあ、行って来るよ」

玄関から一歩外へ出て妻を振り返る。

「いってらっしゃい、あなた。ほら、友紀もパパにいってらっしゃいは? …………いい子ね」

僕に『いってらっしゃい』を言えたらしい友紀の頭を、妻はいつものように優しく撫でた。


数メートル先のゴミ集積所に、近所の主婦二人がいるのが視界の端に入った。今日は燃えるゴミの日だ。ゴミを出しに来て、偶然顔を合わせて話し込んでいたんだろう。けれど僕たちが出て来た途端、二人ともピタリと口を噤んだ。

こちらに好奇の目を向けているだろうことは、容易に察することができた。だから僕は、見えない友紀の、聞こえない『いってらっしゃい』には何も答えず、視線だけをそこに落として軽く笑んで見せることで応えた。


僕もゴミ袋を片手に、集積所へ向かう。行きたくないけど仕方がない。僕が近づくと、主婦二人も気まり悪そうに目を伏せた。不自然なほど黙りこくっている。

「おはようございます」

僕の方から挨拶すれば、ハッとしたように二人そろって視線を僕に戻し、そして、

「おはようございます」

慌てて挨拶を返して来た。引き攣った愛想笑いと共に。


僕は、無視されなかった。やはり彼女たちは、友紀が見えている妻だけが、気味の悪い脅威の存在なのだ。

背後から主婦たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。彼女たちは声を潜めているつもりらしいけど、生憎僕は耳がいいんでね、丸聞こえだ。

「お気の毒ね……まだ亡くなられたことが受け入れられないんでしょうね、無理もないわ」

友紀が見えている妻に対する陰口だ。上辺だけの同情にうんざりする。妻のことを気味悪がって無視しているくせに。

主婦たちは、まだ何か話しているようだったけど、もうこれ以上妻の悪口は聞くに堪えない。僕は足早にその場を去った。


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