僕には霊感があった。
職場に着くと、同期の立花が声を掛けて来た。
「おはよう。今日もしけた面してんな。ちゃんと働けよ?」
バシッと背中を叩かれる。心臓が飛び出るかと思うぐらいの衝撃だ。こいつは小中高と野球一筋の体育会系だ。本人は手加減しているつもりらしいが、その鍛え抜かれた肉厚の手で不意にやられるから、こっちはたまったもんじゃない。
だけど、他の同僚たちが僕に、まるで腫物に触るかのように余所余所しく接する中、立花だけは変わらず自然に振舞ってくれているのは、本当にありがたかった。
と、課長が事務所に入ってきた。慌てて自分のデスクに戻る僕たち。と言っても、立花のデスクは僕の隣だ。
課長は若い男を連れていた。色白ですらりと背の高い、なかなかの美男子だ。
「こんな時期に新入社員か?」
上体を隣の立花の方へ斜めに倒し、立花だけに聞こえる程度の声量で訊ねた。
立花が不思議そうに僕を見る。
「何のことだ?」
「え? 課長の横に見慣れない若い男が立ってるだろ?」
「課長の隣? 誰もいねぇけど? お前……また何か見えるのか?」
「はっ? いや、冗談やめろって。僕にはもう見えないはず……」
僕は、霊感を失ったはずじゃ……。だったらどうして、友紀の霊が妻には見えて僕には見えない?
友紀の霊は存在しない? ということは、妻は本当に気が触れてしまっているのだろうか……。
頭に太い釘でも討ち込まれたような激痛が走り、後頭部を両手で抱え込んでデスクの上に身を伏せた。
閉じた瞼の裏に、ちかっ、ちかっ、と、断続的な光が射す。失われていた数日間の記憶が、一瞬にして怒涛のように押し寄せてきた。