明日の僕らは
◇◇◇
事故翌日
2月9日、月曜日
一報を聞いた前日から、寝ることもできなかった。
雪に足がとられようと、凍てつく路面に滑りそうになろうと、先を急いで走る足の感覚がないくらいに、必死だった。
とにかく・・・会いたかった。
何故、どうしてよりも、理由なんかよりも。
ただ目を開けて、こっちを見てくれることだけが願いだった。
家族以外の面会は出来ないと知っていた。
それでも、近くにいたい。そんな思いで・・病棟へと、足を進める。
長い長い通路を歩き、ここに、こんな所に…彼女の名前なんてない、と願いながらも。部屋の1つ1つを探してしまう。
そうしているうちに
「碧?」
…と、不意に声を掛けられた。
るいの、母親だった。
「試合ではいつも一方的に見てたけど、碧、ホント大きくなったね」
そう言って、久しぶりに顔を合わせた俺を嬉しそうに迎えてくれてた。
焦燥感と緊張感に駆られて、多分、酷い顔をしていたんだと思う。
「碧、ありがとうね。大丈夫、大丈夫」
と、頭をそりゃあもう、ぐしゃぐしゃに…撫で回された。
それから、休憩スペースへと案内されて。
ホットドリンクを飲みながら…徐ろに事故の状況と経過を説明してくれた。丁寧に、整理歴然と。
脳の膨張のピーク。
意識はあるけど、会話ができる状態ではない。
それでも、会うか?と問われ、迷わず答えた。
「会いたいです」、と。
家族みたいなものだから…と医師と掛け合ってくれたことが、諦めかけた再会のきっかけになった。
ICU。
いざ、目の前に対峙して。
点滴をして、ベッドに横になって転がる…彼女の姿に、言葉を失った。
目を開けようとはしなかった。
深い眠から覚めたくない、と言わんばかりに固く瞳を閉じて。
彼女の母親からの問いかけに…最も短い端的な言葉で弱々しく反応するのみだった。
「るい。碧、来てくれたよ?」
「ん」
「話せる?」
「ん」
機嫌が悪い時の、『話しかけるな』オーラ…全開。
そう見えるくらいの、苦痛だったのだと思う。
そんな雰囲気漂う中で――…
母親の計らいで、二人きりになってしまった。
沈黙が…続く。
多分、彼女から俺に話しかけて来ることはないだろうことくらいは…理解できた。
微動だにしない人形のようなるいをただじっと…見つめる。
それしか…出来ない。
胸元が上下に動いている。
規則正しい呼吸を…ちゃんとできているってだけで。不思議なくらいだった。
「……ねえ」
自分の存在に…、気づいて欲しかった。
ひと呼吸おいて…、「田迎」って…呼んでみた。
反応は…、ない。
今度は肩を軽く叩いて、様子を…みてみる。
「……田迎」
「ん」
「反応…うす」
「………………。」
そりゃあそうかもな、って…思った。
同じ高校に通い…、だけどその3年間。
俺はサッカー部所属して、彼女は部のマネージャーを務めていたけれど…。
部活内のルールは厳しかった。
恋愛はもっての他で、怪しまれる様な行動も、駄目だった。
その立場に徹していたのだろう。
上辺だけの会話。
軽く流す、冗談。
チームメイトだったけど…決して近づきすぎず、適度な距離感が…保たれていた。
例え俺がちょっかいを出そうとも。
だから、今、近くの親しい人間だったらともかく、『誰だよお前』ってくらいに…思ってるのかもしれない。
だけど。
ここで引き下がるような…タチでもない。
「……誰か…わかる?」
とん、とん、と肩を叩いて。
彼女の中に、名前を呼ばれているって感覚があるのではないかと信じて。
いつもなら、ちょっと不機嫌そうに、でも、口元はいつも…笑っていた。
そうだったと、思いたい。
でも。返ってきた返事は、たったのひと言だった。
「『みどり』」
けれど本当に…わかっていたのだろうか。
今は、ひとつも表情も変えることなく、ただただ、機械的にそう応えて。
また、小さな寝息を…立てたのだった。
それきりだった。
2回めに会ったのは、それから5日経った14日、土曜日の午後。
つい、昨日のことだ。
事故翌日
2月9日、月曜日
一報を聞いた前日から、寝ることもできなかった。
雪に足がとられようと、凍てつく路面に滑りそうになろうと、先を急いで走る足の感覚がないくらいに、必死だった。
とにかく・・・会いたかった。
何故、どうしてよりも、理由なんかよりも。
ただ目を開けて、こっちを見てくれることだけが願いだった。
家族以外の面会は出来ないと知っていた。
それでも、近くにいたい。そんな思いで・・病棟へと、足を進める。
長い長い通路を歩き、ここに、こんな所に…彼女の名前なんてない、と願いながらも。部屋の1つ1つを探してしまう。
そうしているうちに
「碧?」
…と、不意に声を掛けられた。
るいの、母親だった。
「試合ではいつも一方的に見てたけど、碧、ホント大きくなったね」
そう言って、久しぶりに顔を合わせた俺を嬉しそうに迎えてくれてた。
焦燥感と緊張感に駆られて、多分、酷い顔をしていたんだと思う。
「碧、ありがとうね。大丈夫、大丈夫」
と、頭をそりゃあもう、ぐしゃぐしゃに…撫で回された。
それから、休憩スペースへと案内されて。
ホットドリンクを飲みながら…徐ろに事故の状況と経過を説明してくれた。丁寧に、整理歴然と。
脳の膨張のピーク。
意識はあるけど、会話ができる状態ではない。
それでも、会うか?と問われ、迷わず答えた。
「会いたいです」、と。
家族みたいなものだから…と医師と掛け合ってくれたことが、諦めかけた再会のきっかけになった。
ICU。
いざ、目の前に対峙して。
点滴をして、ベッドに横になって転がる…彼女の姿に、言葉を失った。
目を開けようとはしなかった。
深い眠から覚めたくない、と言わんばかりに固く瞳を閉じて。
彼女の母親からの問いかけに…最も短い端的な言葉で弱々しく反応するのみだった。
「るい。碧、来てくれたよ?」
「ん」
「話せる?」
「ん」
機嫌が悪い時の、『話しかけるな』オーラ…全開。
そう見えるくらいの、苦痛だったのだと思う。
そんな雰囲気漂う中で――…
母親の計らいで、二人きりになってしまった。
沈黙が…続く。
多分、彼女から俺に話しかけて来ることはないだろうことくらいは…理解できた。
微動だにしない人形のようなるいをただじっと…見つめる。
それしか…出来ない。
胸元が上下に動いている。
規則正しい呼吸を…ちゃんとできているってだけで。不思議なくらいだった。
「……ねえ」
自分の存在に…、気づいて欲しかった。
ひと呼吸おいて…、「田迎」って…呼んでみた。
反応は…、ない。
今度は肩を軽く叩いて、様子を…みてみる。
「……田迎」
「ん」
「反応…うす」
「………………。」
そりゃあそうかもな、って…思った。
同じ高校に通い…、だけどその3年間。
俺はサッカー部所属して、彼女は部のマネージャーを務めていたけれど…。
部活内のルールは厳しかった。
恋愛はもっての他で、怪しまれる様な行動も、駄目だった。
その立場に徹していたのだろう。
上辺だけの会話。
軽く流す、冗談。
チームメイトだったけど…決して近づきすぎず、適度な距離感が…保たれていた。
例え俺がちょっかいを出そうとも。
だから、今、近くの親しい人間だったらともかく、『誰だよお前』ってくらいに…思ってるのかもしれない。
だけど。
ここで引き下がるような…タチでもない。
「……誰か…わかる?」
とん、とん、と肩を叩いて。
彼女の中に、名前を呼ばれているって感覚があるのではないかと信じて。
いつもなら、ちょっと不機嫌そうに、でも、口元はいつも…笑っていた。
そうだったと、思いたい。
でも。返ってきた返事は、たったのひと言だった。
「『みどり』」
けれど本当に…わかっていたのだろうか。
今は、ひとつも表情も変えることなく、ただただ、機械的にそう応えて。
また、小さな寝息を…立てたのだった。
それきりだった。
2回めに会ったのは、それから5日経った14日、土曜日の午後。
つい、昨日のことだ。