明日の僕らは
そんな俺の思惑など…全く関係ナシに、彼女はなおも…口を開く。
「すっごい不思議なんだけね…。ずっとね、もやっとしてる。上手く言えないけど…、ボーッとした感じ」
「………?」
「頭打ったからしょうがないんだろうけど、頭痛も酷い」
「………起き上がってないでまだ横になってた方が」
「大丈夫、薬2種類飲んでる」
「痛み止め?」
「うん。ホラ、これ」
彼女は細い腕を目一杯伸ばして…。
ベッド脇の引き出しから、薬の入った紙袋をたどたどしく取り出して見せた。
「へえ…、こういう時でもロキ〇ニンって出るんだ?」
「ね。これ、月イチでお世話になってたもん、わたし。生理痛」
「……………」
「そう考えると、大したことじゃないってことかなあ?」
意見を求めるかのようにして。
ここでようやく、初めて…俺と正面から向き合った。
まただ…、何だろう…、この違和感。
何かにすがるようにして…こっちを見ているのだけど、
決して見てはいないような――…。
しかも、少し目が…潤んでいるようにも、見える。
狭い病室だし、季節も…冬。
乾燥してるからだって思うには…十分だってのに。
そうだとは…とても思えなくなっていた。
「まあ、そんだけ元気だし…変わりないし、生理痛も頭痛も、うん。吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ」
そう、冗談で返すので…精一杯だった。
「ねえ、ちょっと待って。そんな簡単に言っちゃう?」
彼女は怒っているかのような口調で…、けれど、口のはしっこがきゅっと上がっていたから。
ホッとしたのかも…しれない。
本来、怒ったり笑ったり忙しいヤツだったけれど。
悲しそうな顔は…見たことがないから、本音を言えば、俺も少しだけ…ホッとしてしまった。
「田迎、鬼みたいな顔になってる。眉間にすんげーシワつくって」
軽く眉間を人差し指でつつくと…
「ふふっ…、鬼ね。鬼退治この前しちゃって…」
今度は突然、思い出し笑いしてる。
「節分にね、部室に豆撒いてきたの。」
「うん?」
「正確には、練習後のたんぱく質摂取にもなるかなって…節分だから大豆を煎って差し入れに」
「うん」
「…で、ちょっと食べるじゃない?まあ、でも結局1人投げ始めて…うん、あとはもう、大惨事だよね。騒いでたら監督来ちゃって、大量に落ちてた豆踏んでコケちゃって…ふふ、お前引退したろ?って鬼の形相で叱られたよ。鬼退治、成功。ちょっとご老体には厳しかったかも」
ひとしきり笑ったその後。
無言になったかと思うと、ちょっと言いづらそうにして…
「ねえ、間宮くん。付き合って欲しいんだけど…」などと、意外な言葉を口にした。
そう、この日は2月14日。世間じゃある意味賑わいを見せる特別な日。
またしても…、突拍子もなく、しかもタイミングもバッチリな殺し文句だと………、
誤解――…、勘違い
……などは、する筈もなく。
「今日何月何日か…分かってる?」
1つ意地悪を…言ってみた。
「………………。」
返事は…、ない。
意図的にそうしてるのかは、分からないけれど…首を傾げて。そう、はてなマークを頭上に浮かべているような…そんなカオ。
「今日は『2月14日』。さあなんの日?」
「…?ん?」
「……うん。何でもない。で?どこに付き合うといいの?」
「……トイレ」
「………まさかの。」
「あ。ごめんごめん。急で困るよね。あのさ、一人で行けるとは思うんだけどね、看護師さんがまだ絶対ダメだっ。介助が必要だから、不本意かもしれないけど…入口まで。ごめんね、お願いできませんか」
「……わかった」