明日の僕らは
◇◇◇
とん、とん、と不意に2回。
肩を叩かれ、私は眉を潜めて後ろへと振り返る。
そう…いつも、2回。
その、音はいつだって独特なリズムを奏でる。
「なに?」
喋ったその吐息が真っ白になって、ふわりと目の前へと広がっていった。
凍てつく鼻先が、ちょっぴり痛い。
その鼻の頭。後方へと振り返ったとほぼ同時にきゅっと指でつままれて、真顔の君が私を覗きこんでいる。
「ねえ、ちょっと…。痛いんだけど。ホント、なに?」
苦し紛れに発した言葉が、完全に鼻声。妙に陽気な声色が・・・気恥ずかしかった。
君はくっきりした二重の瞼を大きく開いて。やがて、ゆっくりと三日月のカタチへと変えていく。
さも可笑しそうに、口角がほんの少し上がっている。
「ちゃんと周り、見えてる?」
そう言った君の口の僅かな隙間から、やっぱり白い吐息がふわり・・・。
鼻にあった温もりがそっと消えて。その大きな手は、周りをぐるっと指さして、確認するかのようにこちらへ向けて首を傾げた。
「え?」
12月。高校2年生。
師走の、朝。
暖冬を告げたニュースとは裏腹に、深夜の初雪が辺り一面を真っ白に染めた朝だった。
「知ってると思うけど、私、間接視野広〜いから。見てるし、見えてる」
ドヤ顔しつつも、君の言葉の意が妙に気になってきて。
あえてキョロキョロと首を振って辺りを見渡した。
何か・・・あるのか?
うっすらと積もった雪。
どこまでも広がるような、雪原。に、所どころに真っ直ぐ続く太い緑色のライン。
「うん、見たよ。見てる。」
私は手に持つ、紫色の雪押しスコップをぎゅっと握って。
真っ直ぐに、君の瞳に対峙する。
「うん。…で、何してるの?」
「間宮くんが見ている通りです」
「え。遊んでるの?」
眉を下げて、しょうもないな、と言いたげな顔。
「…全うしてるの。仕事」
「へえ…。遊んでるのかと思った、梅ちゃんと」
君が指差すずうっと先に。
ベンチコートを身に纏った男の人が、ひたすらまっすぐに、走り続けている。
通った道は、緑色の歪な跡を残す。
見えてきたのは、人工芝。サッカー場の、鮮やかなグリーン。
「えっ。…まさか。遊ばないよ、梅ちゃんとなんて」
「うん。知ってる」
一瞬の、間。
目と目が合って。どちらともなく、くすくすと笑い出す。
「【師】は【走る】、か。」
梅ちゃんこと、顧問の梅原先生の小さくなっていく背中を見ながら…君が呟く。
時折雪にダンプが引っかかるのか、梅ちゃんは全身全霊で、それを払い除ける。
それがもう必死で。
後ろ姿でも、伝わって。ちょっと滑稽で。
こちらも笑いを堪えるのに必死だ。
「今年は積もるの、早いね」
二人肩を並べて、同じ光景を見つめて、澄んだ空気を…大きく吸い込む。
「うん。早いね」
「梅ちゃん、全然こっち気づかないね」
「うん。…だね」
「でも、田迎も気づかなかったね」
「うん。…え。ちょっと、いつから?」
「10分くらい前」
「声掛けてよ」
「楽しそうだったから、つい。こんな早朝から、人いると思わなかったし。『広〜い間接視野』だったはずだし」
「ねえ、ちょっと。ヤバ、恥ずかしいじゃん私」
君はちょっと笑いを堪えて。
それからふと、真面目な顔つきになる。
「早すぎだって。なんで、もうここにいるの?」
これは、ごもっともな質問だった。
「…昨日の夜の雪、凄かったし、起きた時も降ってたでしょ?だから、いつもの時間だと電車止まったら遅刻だな、って。念のため、2本早いので来た」
「で、遅れたの?」
「全然。全っ然!ビックリ、1分たりとも」
「はは、真面目か。しょーもな」
「もー、うるさいなあ」
君の肘がトン、と私の肩を突付く。
私が、君の腕を叩き返す。
「ね。気づいてたんなら、声掛けてよ」
「ん?掛けた掛けた」
手のひらをパタ、パタ、と2回上下させて。
私の肩を…指差す。
「…全然…呼んでないけどね」
「ん?何?」
「何でもない。てか、気づいてたなら手伝ってよね」
「ん?なんて?」
「てーつーだーえ!サッカー部員!」
「田迎だって、部員」
「……はあ。まあ、いっか。ねえ、そっちこそ、早いよね。まだ誰も来てない。…なんで?」
「冬は寮生のために、トレーニングルーム早くに開放するから。あー…ねむい」
大きくあくびをして、目の端にうっすらと涙を浮かべて、君は屈託なく笑った。
「ああ…そっか。そうだったね」
「でも、いるかな?って」
「ん?」
「いるかなあ?って」
「……」
「梅ちゃん。」
「………。しょーもな…」
肩の力がどっと抜ける。
もう一度小突こうとした君の腕はひょいっとそれを避けて。
触れられそうで、触れない
掴めそうで、掴めない
読めそうで、読めない
そう。いつだってこの距離だった。
「………じゃ、俺、行くね」
「え。もう?」
一緒に居て、まだ5分もないくらいの、一瞬のひととき。
「だって、ホラ、梅ちゃん」
「え?」
「こっち見てる」
「わ。ホントだ」
「眼鏡外してるから多分見えてない。多分、あの人も寝不足だからなお。今のうちに、ね」
「うんうん。それがいい。」
「じゃ…」
「うん。またね。部活で」
君はバイバイ、と手を振って。それから、くるりと私に背を向けた。
私もフィールドに向き直して、なおも怪訝そうにこっちを見続ける先生へと向かって手を振った。
「すみませーん!ちょっと腕疲れたので休憩してました!」
「おい!今の部員か?!こっちはなあ〜、眠いのにこんな早朝から働いてんだわ!田迎、はよ捕まえて来〜い」
「…うん。…眠い。解るよ、すごく」
そう。皆、眠いのだ、確実に。
私だって我慢していた。
そう。大きく口を開けたマヌケな顔を見られないように。
「俺は腹ももうペコペコだっての〜!!」
「…うん、わかる。お腹すいた…。」
そう。静かで澄みきった空間に、音が響いちゃうんじゃないか、って…心配してた。
意識がそこにいくとね。
そう。ほら・・・、ほらほら、
「ヤバい。鳴る、鳴る…あ〜、鳴っちゃった。おーい、梅原先生〜!!お腹すいたー!!!」
「オマエもかー?!」
「はーいっ!!」
ふと…
とん、とん、と2回。
肩に優しい重みが降ってくる。
「ん?」
私はわざと…気づかないフリをする。
とーん、とん、ともう一度。
そう。この重みには…、覚えがある。
決して忘れることのない、音。
君が私を名前で呼ぶ、君だけの音。
【るい】
【るーい】
「んん?!」
ぐるっと振り返って。その音を奏でる主と、向き合う。
君は…何も言わずに、親指を校舎の方へと向けて。
【あっち】と、ジェスチャーした。
「せんせ〜い!!!」
「あ〜?!」
「ご飯が来たので、行きまーす!!!」
「はああ〜?!」
不満爆発の、遠い遠い先生へとペコリと頭を下げて。
【あっち】へ向けて一步踏み出す。
ぎゅ、っと、雪踏む音が・・・ひとつ鳴った。
「誰がご飯だって?」
「さあ、誰でしょう」
体をドン、とぶつけてくる君に、仕返しする。
君はちょっとよろめいて。
上目遣いのどんぐり眼が悪戯っぽく揺れる。
「梅ちゃんに後で文句言われるんじゃない?」
「いいの。ご飯が来たので食べるまで帰りません」
二人で、ゆっくりと歩き出す。
「…クマ、できてるね」
「うん。間宮くんは、あくびしてたね」
うん。やっぱり…バレてた?
「ご飯、食べて来なかったの?」
「ううん。食べたよ、すんごい早朝に」
多分君も…そうじゃないかって思うんだ。
「雪、降ってたもんね」
「うん、キックオフの頃は降ってたね」
多分きっと。いや、絶対そう。
「…眠いよね」
「うん。眠い」
「どこで食べる?」
「梅ちゃんに見つからない所かな」
「誰に見つかっても、大丈夫な所、じゃない?」
「うん。…そうだよね」
高校2年生の師走の冬。
早朝の、教室。
高校に入って初めて2人きりになった、
たった1度だけ2人きりになった、
偶然の朝。
教室の一番後ろの窓際。
君の席に私が座って、君が隣に座って、貰ったチョコチップ入りのパンを頬張った。
「ねえ。奇跡の1ミリ、だったよね。間宮くんにあの泥臭さはできないな〜。なんかさ、いーっつも、サラッとしちゃって。アツく叫んでるとこ見てみたい」
「心ん中は熱い」
「うわ。言うね、言うよね。あー…でも、そっか。確かにね、ちっちゃい時は」
「ほら。思い出して。俺、ブラボー!…って、叫んでたでしょ?」
「いやいやいや、叫んでないし、叫ばない。でも、頭突きはしたね。あと、ダイビングヘッド。いかに美しく跳べるか。ああ、したした。懐かしい」
「ジダンとファン・ペルシーね」
「そう!もう…引退した選手も、する選手も、多くてちょっと寂しい。小さい時から見てたから、寂しいっていうか…」
「もう、何年も経ってるから」
「うん。大人になったよね、お互いに」
「……そうかな?田迎なら、まだ叫べるんじゃない?ほら、言いたくなって来た。誰もいない今なら言える。言っていいよ、ちゃんと聞いとくから」
「うわ。やめて」
話に夢中になった。
これまで話さなかった分、積もるに積もった話題が次々と溢れ出ていた。
手に握ったパンがちょっと乾いていることも、気づかずに、ただただ、ずっと。
とん、とん、と不意に2回。
肩を叩かれ、私は眉を潜めて後ろへと振り返る。
そう…いつも、2回。
その、音はいつだって独特なリズムを奏でる。
「なに?」
喋ったその吐息が真っ白になって、ふわりと目の前へと広がっていった。
凍てつく鼻先が、ちょっぴり痛い。
その鼻の頭。後方へと振り返ったとほぼ同時にきゅっと指でつままれて、真顔の君が私を覗きこんでいる。
「ねえ、ちょっと…。痛いんだけど。ホント、なに?」
苦し紛れに発した言葉が、完全に鼻声。妙に陽気な声色が・・・気恥ずかしかった。
君はくっきりした二重の瞼を大きく開いて。やがて、ゆっくりと三日月のカタチへと変えていく。
さも可笑しそうに、口角がほんの少し上がっている。
「ちゃんと周り、見えてる?」
そう言った君の口の僅かな隙間から、やっぱり白い吐息がふわり・・・。
鼻にあった温もりがそっと消えて。その大きな手は、周りをぐるっと指さして、確認するかのようにこちらへ向けて首を傾げた。
「え?」
12月。高校2年生。
師走の、朝。
暖冬を告げたニュースとは裏腹に、深夜の初雪が辺り一面を真っ白に染めた朝だった。
「知ってると思うけど、私、間接視野広〜いから。見てるし、見えてる」
ドヤ顔しつつも、君の言葉の意が妙に気になってきて。
あえてキョロキョロと首を振って辺りを見渡した。
何か・・・あるのか?
うっすらと積もった雪。
どこまでも広がるような、雪原。に、所どころに真っ直ぐ続く太い緑色のライン。
「うん、見たよ。見てる。」
私は手に持つ、紫色の雪押しスコップをぎゅっと握って。
真っ直ぐに、君の瞳に対峙する。
「うん。…で、何してるの?」
「間宮くんが見ている通りです」
「え。遊んでるの?」
眉を下げて、しょうもないな、と言いたげな顔。
「…全うしてるの。仕事」
「へえ…。遊んでるのかと思った、梅ちゃんと」
君が指差すずうっと先に。
ベンチコートを身に纏った男の人が、ひたすらまっすぐに、走り続けている。
通った道は、緑色の歪な跡を残す。
見えてきたのは、人工芝。サッカー場の、鮮やかなグリーン。
「えっ。…まさか。遊ばないよ、梅ちゃんとなんて」
「うん。知ってる」
一瞬の、間。
目と目が合って。どちらともなく、くすくすと笑い出す。
「【師】は【走る】、か。」
梅ちゃんこと、顧問の梅原先生の小さくなっていく背中を見ながら…君が呟く。
時折雪にダンプが引っかかるのか、梅ちゃんは全身全霊で、それを払い除ける。
それがもう必死で。
後ろ姿でも、伝わって。ちょっと滑稽で。
こちらも笑いを堪えるのに必死だ。
「今年は積もるの、早いね」
二人肩を並べて、同じ光景を見つめて、澄んだ空気を…大きく吸い込む。
「うん。早いね」
「梅ちゃん、全然こっち気づかないね」
「うん。…だね」
「でも、田迎も気づかなかったね」
「うん。…え。ちょっと、いつから?」
「10分くらい前」
「声掛けてよ」
「楽しそうだったから、つい。こんな早朝から、人いると思わなかったし。『広〜い間接視野』だったはずだし」
「ねえ、ちょっと。ヤバ、恥ずかしいじゃん私」
君はちょっと笑いを堪えて。
それからふと、真面目な顔つきになる。
「早すぎだって。なんで、もうここにいるの?」
これは、ごもっともな質問だった。
「…昨日の夜の雪、凄かったし、起きた時も降ってたでしょ?だから、いつもの時間だと電車止まったら遅刻だな、って。念のため、2本早いので来た」
「で、遅れたの?」
「全然。全っ然!ビックリ、1分たりとも」
「はは、真面目か。しょーもな」
「もー、うるさいなあ」
君の肘がトン、と私の肩を突付く。
私が、君の腕を叩き返す。
「ね。気づいてたんなら、声掛けてよ」
「ん?掛けた掛けた」
手のひらをパタ、パタ、と2回上下させて。
私の肩を…指差す。
「…全然…呼んでないけどね」
「ん?何?」
「何でもない。てか、気づいてたなら手伝ってよね」
「ん?なんて?」
「てーつーだーえ!サッカー部員!」
「田迎だって、部員」
「……はあ。まあ、いっか。ねえ、そっちこそ、早いよね。まだ誰も来てない。…なんで?」
「冬は寮生のために、トレーニングルーム早くに開放するから。あー…ねむい」
大きくあくびをして、目の端にうっすらと涙を浮かべて、君は屈託なく笑った。
「ああ…そっか。そうだったね」
「でも、いるかな?って」
「ん?」
「いるかなあ?って」
「……」
「梅ちゃん。」
「………。しょーもな…」
肩の力がどっと抜ける。
もう一度小突こうとした君の腕はひょいっとそれを避けて。
触れられそうで、触れない
掴めそうで、掴めない
読めそうで、読めない
そう。いつだってこの距離だった。
「………じゃ、俺、行くね」
「え。もう?」
一緒に居て、まだ5分もないくらいの、一瞬のひととき。
「だって、ホラ、梅ちゃん」
「え?」
「こっち見てる」
「わ。ホントだ」
「眼鏡外してるから多分見えてない。多分、あの人も寝不足だからなお。今のうちに、ね」
「うんうん。それがいい。」
「じゃ…」
「うん。またね。部活で」
君はバイバイ、と手を振って。それから、くるりと私に背を向けた。
私もフィールドに向き直して、なおも怪訝そうにこっちを見続ける先生へと向かって手を振った。
「すみませーん!ちょっと腕疲れたので休憩してました!」
「おい!今の部員か?!こっちはなあ〜、眠いのにこんな早朝から働いてんだわ!田迎、はよ捕まえて来〜い」
「…うん。…眠い。解るよ、すごく」
そう。皆、眠いのだ、確実に。
私だって我慢していた。
そう。大きく口を開けたマヌケな顔を見られないように。
「俺は腹ももうペコペコだっての〜!!」
「…うん、わかる。お腹すいた…。」
そう。静かで澄みきった空間に、音が響いちゃうんじゃないか、って…心配してた。
意識がそこにいくとね。
そう。ほら・・・、ほらほら、
「ヤバい。鳴る、鳴る…あ〜、鳴っちゃった。おーい、梅原先生〜!!お腹すいたー!!!」
「オマエもかー?!」
「はーいっ!!」
ふと…
とん、とん、と2回。
肩に優しい重みが降ってくる。
「ん?」
私はわざと…気づかないフリをする。
とーん、とん、ともう一度。
そう。この重みには…、覚えがある。
決して忘れることのない、音。
君が私を名前で呼ぶ、君だけの音。
【るい】
【るーい】
「んん?!」
ぐるっと振り返って。その音を奏でる主と、向き合う。
君は…何も言わずに、親指を校舎の方へと向けて。
【あっち】と、ジェスチャーした。
「せんせ〜い!!!」
「あ〜?!」
「ご飯が来たので、行きまーす!!!」
「はああ〜?!」
不満爆発の、遠い遠い先生へとペコリと頭を下げて。
【あっち】へ向けて一步踏み出す。
ぎゅ、っと、雪踏む音が・・・ひとつ鳴った。
「誰がご飯だって?」
「さあ、誰でしょう」
体をドン、とぶつけてくる君に、仕返しする。
君はちょっとよろめいて。
上目遣いのどんぐり眼が悪戯っぽく揺れる。
「梅ちゃんに後で文句言われるんじゃない?」
「いいの。ご飯が来たので食べるまで帰りません」
二人で、ゆっくりと歩き出す。
「…クマ、できてるね」
「うん。間宮くんは、あくびしてたね」
うん。やっぱり…バレてた?
「ご飯、食べて来なかったの?」
「ううん。食べたよ、すんごい早朝に」
多分君も…そうじゃないかって思うんだ。
「雪、降ってたもんね」
「うん、キックオフの頃は降ってたね」
多分きっと。いや、絶対そう。
「…眠いよね」
「うん。眠い」
「どこで食べる?」
「梅ちゃんに見つからない所かな」
「誰に見つかっても、大丈夫な所、じゃない?」
「うん。…そうだよね」
高校2年生の師走の冬。
早朝の、教室。
高校に入って初めて2人きりになった、
たった1度だけ2人きりになった、
偶然の朝。
教室の一番後ろの窓際。
君の席に私が座って、君が隣に座って、貰ったチョコチップ入りのパンを頬張った。
「ねえ。奇跡の1ミリ、だったよね。間宮くんにあの泥臭さはできないな〜。なんかさ、いーっつも、サラッとしちゃって。アツく叫んでるとこ見てみたい」
「心ん中は熱い」
「うわ。言うね、言うよね。あー…でも、そっか。確かにね、ちっちゃい時は」
「ほら。思い出して。俺、ブラボー!…って、叫んでたでしょ?」
「いやいやいや、叫んでないし、叫ばない。でも、頭突きはしたね。あと、ダイビングヘッド。いかに美しく跳べるか。ああ、したした。懐かしい」
「ジダンとファン・ペルシーね」
「そう!もう…引退した選手も、する選手も、多くてちょっと寂しい。小さい時から見てたから、寂しいっていうか…」
「もう、何年も経ってるから」
「うん。大人になったよね、お互いに」
「……そうかな?田迎なら、まだ叫べるんじゃない?ほら、言いたくなって来た。誰もいない今なら言える。言っていいよ、ちゃんと聞いとくから」
「うわ。やめて」
話に夢中になった。
これまで話さなかった分、積もるに積もった話題が次々と溢れ出ていた。
手に握ったパンがちょっと乾いていることも、気づかずに、ただただ、ずっと。