明日の僕らは
◇◇◇

「おう。やっと起きたか、るい」


呆れたような、気だるそうな声と共に…目を覚ました。

天井にまだらに広がる模様を暫く見つめて…それから、誰かがいる気配にハッとして。ゆっくり、ゆっくりと視線を移した。


昔の夢を…見ていた。
何故今頃?と一瞬頭をよぎったけれど、夢は夢。

今、この現状を把握した途端に……

夢も、想いすらも、儚く…消え去っていった。





そこにいたのは、私の2つ年上の、兄。
ベッドから少し離れた丸椅子に座って、手にしたスマホと、私とを交互に見つめていた。


私の名前を呼んでいたのは、兄貴…?


「…なにしてんの?」

「おまえさー、人に電話しておいて、そりゃひどいな」

「え?あー・・・そうだった?ごめんごめん」

大学生の兄、侑壱(うい)とは、頻繁に連絡をとるようなベタベタした仲ではない。
けれど、記憶はないけれど・・・ここに居るのなら、そう言うならば、きっとそうなのだろう。

自分に疑心暗鬼を抱え始めていた私は、ここは素直に謝ってみた。

よくよく見ると、侑壱の出で立ちは、サッカーウエア。
外はとても寒いんだろう。ベンチコートを膝掛けがわりに置いていた。

「これからトレーニング?今、朝?昼?」

開かれたカーテン、そこから溢れる木漏れ日が、とても眩しい。

「今日は何月何日だっけ?」

「・・・2月16日。月曜日ね。お前、今朝母さんに色々メモっておけってメモ帳貰っただろ?書いてないの?」

「・・・メモ?うーん、と。しまっちゃったかな」

「マジか。おいおーい?見える所に置いとけよ」

侑壱はそう言いながら、椅子から立ち上がると…
枕元の棚、その引き出しに手を掛けた。

多分、だけど。
久しぶりに見る・・・横顔。


「あ。侑壱、髪型かえた?」

侑壱の、ソフトモヒカンが…いつの間にか、爽やかなフォルムのマッシュショートになっている。

「なに、何か文句でも?」

侑壱はくるりとこっちを向くと、いかにも嫌そうな顔してみせた。

右のアニキに、左のアニキ。
その圧も、2倍だ。


「モテを狙ったのか…」

「ああ?」

メモ帳がポカッと頭の上に降ってくる。

「あはは、ハイハイ。えーと、侑壱が『モテ髪』になっていた、と。メモメモ…」

「おい、待て。そこか!書かんでいいわ」

照れかくしなのか、目元はキリッと睨み付けて来るのに・・・口の端っこがきゅ、と上がっている。

意識がハッキリして来ると、色々な現実に気づいてしまう。

開いたノートには、今日と思われる日付と、お母さんが見舞いに来てくれたことも、ちゃんと書いている。

不思議だ。
文字を見ると、ちょっとだけ情景が…
正しいのかもわからない映像が、所どころ、断片的な写真になって再生される。

朝ごはんのメニューも、確かに私の字で、私の言葉で、記されている。

大学の寮で暮らす侑壱が、大学から離れたここに・・・サッカーウエアでいること自体もおかしくて。

家族みんな、普通にしているけれど・・・とても心配かけているのだ、と思わずにはいられなかった。


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