明日の僕らは
ひとしきり喋った後、君は何か思い出したかのようにふっと笑って、私の手元を指さした。

「田迎さ。本当、好きだよね」

「え」

「チョコ」

「え。…ああ、うん。そうだね」

「勿体ない?大好き過ぎる?見て、握り潰しちゃってる」

ふと目線を下げると、
変形したスティックパンが手の中で窮屈そうにしていた。

「え、あ。うわっ。チョコ、ベタベタ!待って待って、今食べるから。嘘、溶けてる」

夢中になりすぎていた。

恥ずかしさとベトベト感の狭間でどうにもならなくて、君の顔と手元のパンを交互に見ては笑うしかなかった。

仕方なく口の中に詰め込んで、懸命に噛む。

きっと、どんぐりを沢山頬張るリスのようになってるんだろう。そんな不安を抱えながら。


「あ。それ、懐かしい。昔よく、試合の合間におにぎり食べてた」

「・・・・」

君は、目を細めて。
視線を上に…いつかの自分たちを思い描いているようだった。

きっと、小学校時代。
同じスポ少で、毎日のように顔を合わせてた頃のこと。


「こーんくらいの、すんごい大きいヤツ」

「・・・・・!」

「時間あんまりなくて、田迎、よくそうやって掻っ込んでた。あのときと・・・同じ顔してる」

口の中がパンパンで、返事もできない。
恥ずかしさで、顔が熱くなっていくのをただただ自覚していた。

「好きな物食べる時って、いつも嬉しそうだよね。おにぎりとか、チョコとか…チョコパンとか」

まだ喋れない、でも、答えたい。

もどかしさに葛藤しながら、とりあえず首を縦に振る。

でも、好きになったきっかけ、君はきっと…知らない。


やっとのこと飲み込んで、最後にゴクリ、とお茶を一口飲んで。

もう一つ伝えたい『あの頃』を、君に届ける。


「間宮くんはさ。無言で淡々と食べてたよね、コレ。このパン」

君は【ん?】って顔して、首を傾げる。

「何本も入っているから、無限ループで食べてた」

「そうだった?」

「そう。間違いない。だってあのとき私、チョコ苦手だったもん」

「え」

「子供用のお菓子のチョコってものすごーく甘いでしょ?初めて食べたのが正にそれでさ、うーーーん、て。あとは食わず嫌いで、それ以降食べようと思わなくて。でも、あの日見てたら、あまりにも黙々と・・・次々食べるから、あ、好きなんだろうな~って。なんか美味しそうだな、って。ホラ、今だって持ち歩いてるし」

「・・・・・」

「余りにも見過ぎて、1本くれた時があったんだよね」

「え?覚えてない」

「食べて感動してさ。甘くない!って。それからかな、食わず嫌いみたいにしてたのが、嘘みたいに。きっかけは、間宮くんだったんだよ」

「知らなかった」

「言わなかったもん。ライバルだし、なーんか悔しくて」

「言ってよ」

「うん。言ったんだよ。本人に言えなくて、かわりに脩人(しゅうと)に。伝わるかな、間宮くんにって。アレ美味しい、って言ったんだよね。そしたら…結局周りで聞いてたみんなが間宮くんに群がって、全部あげるハメになって」

「あ。あったかも」

「流石に申し訳なくて、かわりにって思って、おにぎり差し出した」

「ん?」

「拒否られたけどね、そんなに食べないって」

君はちょっとだけ困った顔して。

「『補食』だからね。食べすぎると次の試合動けなくなるから、だから拒否ったんだと思う。だから、うん、ごめんなさい。あの頃の田迎。」

「今謝るか」

「あと、コレばっかりだったのは、単に季節問わず傷むことないし、量も調整できてちょうど良かったっていうのもあって。今も、そんな感じ。ね?役に立ったでしょ、今日も」

「確かに」

「でも。やっぱり好きかな」

「ちょっと、どっち?」

「美味しそうに食べる人見るのが好きだから、必然的に好きになってたのかも」

「・・・・」

「田迎のおかげかな」

「それは…どういたしまして」


とても不思議な感覚だった。

自分が好きなものを、相手も好きになった。
相手が好んだものを、自分も好きになった。

仲がいいわけでもない、でも、どこか似ている感覚。

何度も味わって来た、私達が共有する部分が…ふと互いの言葉で繋がった。

「手、洗って来ようかな」
気恥ずかしくなってきて、私は席を立った。

「あ。待って。手もだけど…ココも。」

君は自分の口の脇をちょん、と触って。私を指差す。

「取ろうか?」

「遠慮します」

「わかった。いってらっしゃい」

念おすように、ここだよ、って指を口元にあてて…
楽しそうに、笑った。
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