明日の僕らは
そう。
間宮碧は、私と同じ…一年生だった。
幼児期からサッカーをはじめ、桁違いの技術と負けん気を買われ…
入団早々に、いきなり飛び級した、逸材だった。
事実、3つ上のカテゴリーのU-10のリーグ戦にも起用され、ゴールも決めていたのだから…その実力は折り紙付きだ。
ただ、そうやって、上の学年と行動することによって…自ずと自制心を働かせるようになっていた。
殻を破れば…、ただの、ちょと人見知りで、イタズラ好きの、負けず嫌い。
そして、その内側には誰よりも熱い闘志を秘めた…少年だった。
その大会…、2回戦が始まる直前に。
碧は……
私と初めて口を利いた。
黙々と、手にしたチョコチップ入りのスティックパンを頬張り…
その間視線はずっと、他のチームの試合へ。
黙々と、また次のパンを口に入れて…
それを繰り返していた。
あんまり見すぎていたのだろう。
君のの間接視野の広さをまだ知らなかったのだろう。
いきなり、バチッと目が合った。
「試合、観てるの?」
「うん」
「面白い?」
「あんまり」
「美味しい?」
「……。…食べる?」
「いいの?じゃあ、貰う」
2人ベンチに座って。
ライバルチームの試合を無言で見続けた。
思いの外美味しかったそのパンを勿体ぶってちびちびと食べて。
「ねえ」
「なに?碧くん」
「ボール奪ったら、出来たら少し運んで。そしたら、前に蹴りだして。あとは俺が何とかするから。」
「……ウン、わかった。やってみる」
2回戦は……その作戦が項をそうしたのか、見事に圧勝だった。
私は1秒でもいいから、とにかく少しだけドリブルして……
反復練習した、インサイドキックで…ボールを前に出した。
そこに現れるのは、
ストンとボールを足元へとおさめるのは、碧だ。
あとは……細かく、柔らかいタッチで、彼がボールを運ぶ。
キーパーが動く一瞬を…見極めて。
軽く蹴ったボールは…吸い込まれるようにして、ネットを揺らした。
「すごいなあ、るい。お前、ボランチみたいだったぞ?」
試合の後に、そうコーチに言われたのを…今でも覚えている。
誉められたのかどうかもあまりわからない。
何故なら…私には、『ボランチ』という用語も知らなければ、パスを出したという自覚もなかったのだから。
それが通用したのは、次の準決勝までだった。
コーチも保護者も予想していなかった決勝の舞台。
決勝での私は、キーパーでの出場。
まだ……キーパーの苦労も重責も知らない私たちにとって、キーパーは是非ともやりたい、花形ポジションでもあった。
ジャンケン勝負で…勝ち取った私は、悠長に構えていたのだが……
ポカスカと、シュートを決められた。
碧のおかげで善戦こそするものの…止めたシュートは1本もなくて。
ほどけた紐をもさくさと結んでいる間にも…容赦なくボールは襲ってきた。
試合終了のホイッスルと共に、私は……号泣した。
自分のせいで負けたんだ、と。
その傍らで……目元を必死に擦る少年がいた。
顔も上げず、静かに…碧は泣いていた。
大人たちは準優勝を喜び、沢山誉めてくれた。
記念にゴール前でとった写真は。
私の目は…腫れていたし、
碧は、カメラの方を向いてもいなかった。
試合が終わり、テントの下で…ユニフォームを脱いでいる時。
私は、彼に謝った。
「ごめん、私がキーパーなんてしたから…。止められなくて、ごめん。」
けれど……彼の答えは、違っていた。
顔を真っ直ぐに上げて。
茶色の瞳の周りを…赤くして。
「何で?ディフェンスにるいがいないから、だからシュートをいっぱい打たれた。それだけ。」
1年生の、初めての…大会。
小さな小さな私達の間に生まれた、ちっちゃな信頼関係。
「でも、シューズの紐くらいはすぐに結ばないと」
ここから少しずつ結ばれていった、簡単にはほどけない絆は、卒団してからも。
ずっと…このままであると信じていた。
信じていたかった。