きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
「サロール・タルの世界観、『蒼き狼』なんだね。ずいぶんとまたマニアックなところを突いたステージだな。こんな人里離れた場所に迷い込むなんて、ラフらしいチョイスだ」
「人里離れた場所、ですか?」
「ああ、比喩表現だよ。好んでログインするユーザが少ないステージ、って意味」
「なるほど。確かにそうですね。アタシ、こんなステージがあるって知りませんでした。人気ランキングの上のほうしか見てなくて、異世界系っていえば中世ヨーロッパや北欧神話のイメージしか湧かないです」
 ニコルさんは、人差し指をピンと立ててみせた。
「サロール・タルのモデルは、13世紀前半のユーラシア大陸だ。ログアウトしてから調べてみるといいよ。世界史の教科書にはあまり情報がないかもしれないけど、実はダイナミックでおもしろい時代なんだよ」
「物知りなんですね、ニコルさん!」
「マニアックな歴史や伝説が好きなだけだよ。ラフもね、ボクの趣味に付き合ってくれてた」
「ラフさんも?」
「でも、ラフが不人気なステージを選んだのは、シャリンの影響だ。シャリンは、混んでないステージが好きだから」
「そうなんですか?」
 アタシはシャリンさんに話を向けた。会話に加わってほしかったんだけど。
「ニコル、余計なことを言わなくていいわ。それより足を動かして。しゃべるなら、移動しながらでもできるでしょ。さっさと行くわよ」
 叱られちゃいました。ごもっともです。
 チンギスさんの言ったとおり、フィールドの片隅に、煙が一筋、上がってる。「調べる」のコマンドを実行すると、狼煙《のろし》っていう名前の通信手段だ、という情報が出てきた。
「狼煙に『狼』という字が使われるのは、燃料が理由なんだよ」
 歩きながら、ニコルさんが教えてくれた。煙を出すための燃料、狼のフンなんだって。乾かして燃やすんだ。狼は肉食寄りの雑食だから、フンを燃やすと、草食動物のより煙が出やすいらしい。
「初めて燃やした人、何を考えてたんでしょーか?」
「発明や発見のきっかけは、えてしてそういうものだよ。現実だったら、狼煙の煙は匂いが強いかもしれないね。ピアズには匂いがないから助かったかな」
 爽やかな声と笑顔で説明してくれたニコルさんだけど、微妙にリアクションに困る話題だよね。しかも、チンギスさんって狼系だし。想像しちゃいけないやつだ、これ。
 チンギスさんの軍営にたどり着くまでにも、何度かバトルがあった。だけど、アタシもニコルさんも見てただけ。手出しするより先に、シャリンさんが一瞬で倒しちゃう。
「雑魚《ざこ》ばっかりね。邪魔なのよ」
 リモート操作のラフさんとのコンボ、すごすぎです。
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