きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 蒼狼族の軍営は、白いテントの群れだった。テントは三角屋根じゃなくて、ドーム型の天井をしている。
「彼らのテントは、ゲルって呼ぶんだよ」
 またまたニコルさんが教えてくれた。
 たくさんのゲルの間を歩いていく。行き交う人々を見るに、サロール・タルは獣人ばっかりの世界設定らしい。
 モブの兵士にカーソルを合わせて調べると、氏族ごとにモチーフとなる動物が違うみたい。ニコルさんいわく、現実世界の彼らに伝わる祖先神話がヴィジュアルに反映されているんだとか。
 チンギスさんのゲルはすぐに見付かった。飛び抜けて大きくて豪華だ。入り口の垂れ幕は、カラフルな刺繍のタペストリー。
 ニコルさんが先頭で、入り口をくぐった。
「お邪魔しまーす」
 爽やかイケボで絶妙に緩いセリフを吐くニコルさん。ギャップに萌えます。きゅんっ。
 チンギスさんのゲルは、内側も豪華だった。タペストリーやら絨毯やら、CGがいちいち凝りまくったデザインで仕上げられてる。
 デザインが凝ってるのは、チンギスさんの衣装もだ。合わせ襟の民族衣装は、上着も帯も短剣も靴も、緻密な刺繍と細工でデコレーションされてる。派手じゃないけど豪華。
 蒼き狼チンギスさんの隣には、白き鹿の女性がいる。ぱっちり大きな目と耳の、優しげな雰囲気。たぶん、チンギスさんの奥さんだ。
 チンギスさんが口を開いた。
「よく来てくれた、異世界の戦士たちよ。我ら蒼狼族は、諸君らを歓迎する。早速だが、ワシの家族を紹介しよう。こちらは妻のボルテだ。今から4人の息子たちを呼ぼう」
 アォォォオオンッ!
 チンギスさんは狼の声で呼んだ。ほどなく、4人の息子さんたちがゲルに入ってきて、チンギスさんの左右に並ぶ。
 イケメン獣人の4兄弟かぁ。耳とか尻尾とかの属性って、あんまり興味なかったんだけど、ピアズの美麗なCGで見てたらハマりそう。
 と、そのときだ。
    ――パリッ――
 グラフィックが、かすかに揺れた。ひずみが入ったっていうか。珍しいな。ピアズのデータ、すごく安定してるはずなのに。いや、アタシの端末側の問題かな? 後でメモリの空き具合、チェックしようっと。
 チンギスさんの長男は、ジョチさん。パッと見、20歳くらい? 兄弟の中ではいちばん毛並みの色が薄くて、ほとんど銀色。目も、透き通った色をしている。
「ジョチだ。よろしく」
 硬い声音がすっごくクール。
 次男は、チャガタイさん。真っ青な毛並みは、バトル系少年漫画に出てきそうなくらい、荒っぽく逆立ってる。ジョチさんと正反対の印象で、熱そうな人。
「オマエたちが手伝ってくれるのか! 頼りにしてるぞ!」
 ヒーロー系の声としゃべり方だ。
 三男は、オゴデイくん。灰色っぽいブルーの毛並みで、印象は……うーん、地味? どこのクラスにも1人はいるような感じの、おとなしい系だ。
「遠方より、ようこそお越しくださいました。よろしく、お願いいたします……」
 細い声質でささやいて、オゴデイくんは顔を伏せる。
 四男は、トルイくん。青と白のしましまな毛並みがキュートだ。目もくりくりでかわいくて、いかにも末っ子って印象。
 「トルイだよ♪ 一緒に頑張ろうね!」
 兄弟の中では唯一、女性声優さんの少年ボイスだ。
 だけどさー、と異論を唱えたくて、アタシはうなった。ニコルさんがくるっとこっちを向いて、首をかしげる。
「どうかしたの、ルラちゃん?」
「えっとですね、いきなりステージのキーキャラに勢揃いされても、アタシ、いっぺんには覚えられなくて。しかも、何語かわかんないけど、聞いたことない語感の名前ばっかでしょう?」
 アタシの情けない言葉に反応したのは、ニコルさんじゃなくて、青白しましまのトルイくんだった。ピアズのAIは賢くて、ユーザの会話にちゃんと入ってきてくれる。
「いっぺんに覚えなくてもいいよ。兄上たちはどうでもいいから、オレだけ覚えて?」
 甘えんぼな末っ子発言に、キラキラの上目遣い、ふさふさ揺れる尻尾。アタシ、弟系とか別に趣味じゃないはずなのに、なけなしの母性本能がやられる。
「うん、トルイくんのことは覚えた」
「よかったー! ルラ、大好き」
 にこにこ顔のトルイくんはアタシにぴょんと抱きついて、ほっぺたをペロッとなめた。
 いやいやいやいや、ちょっと待てぃ! 何で今、勝手にカメラワーク変わった? ユーザを垂らし込む戦略か? 何たる俺得演出。完っ璧に覚えたよ、末っ子小悪魔のトルイくん。
 ニコルさんが、くすくす笑ってる。シャリンさんが呆れた様子でつぶやいた。
「この子、ラフじゃないわよね?」
「ラフさんって、こんなキャラなんですか!?」
「ある意味ね。ナンパなところが一緒」
「へっ!?」
 黒髪で双剣で、全身に紋様が入ったイケメン戦士で、ナンパな性格? 目の前にいる抜け殻ラフさんからじゃ想像できないんですけど。
 とにかく、とシャリンさんが仕切り直した。
「ストーリーを先に進めましょ」
 うん、そうですね。
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